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公共工事の諸問題

その10
『談合がなくならない現実』

阿部 賢一

2007年2月16日


(1) 「談合決別宣言」直後の談合

 2005年末にゼネコン大手首脳は「談合決別」申し合わせ、2006年4月27日、『透明性ある入札・契約制度に向けて−改革姿勢と提言−』*を発表した。その「提言」の中で「談合はもとより様々な非公式な協力など旧来のしきたりから訣別し、新しいビジネスモデルを構築することを決意した」という強い「談合決別宣言」の表明であった。
* http://www.dokokyo.or.jp/topics/c_topics_20060428_01.html

 これは談合等に対する課徴金の引き上げを進める改正独占禁止法が2006年1月に施行されたことに伴う我が国の代表的な建設業者組織の決意の表明でもあった。しかしながら、2006年は大型公共工事への一般競争導入に伴う入札予定価格を50%以上をも下回る大幅ダンピング応札が多発し、「談合崩壊」が現実化したといわれたが、国土交通省はそれらのダンピングの調査と対策に追いまくられた。

 2006年9月、名古屋地検特捜部が強制捜査に入った名古屋市発注の下水道談合事件の捜査の過程で浮上した「談合システム」により、名古屋市営地下鉄工事入札、さらに名古屋高速道路公社発注工事での談合の疑いが、今年(2007年)1月に報道されるなど、一昨年来、全国的に建設業界に吹き荒れている「談合摘発」はいまだ止まる様子がない。

 2005年末に我が国を代表する大手建設業者の首脳たちが「談合決別」を打ち合わせた後の2ヶ月も経過しない2006年2月8日の名古屋市営地下鉄工事入札での業者間談合容疑で、2007年1月22日、名古屋地検の大手業者本社への家宅捜索が入り、公正取引委員会も、その二日後の1月24日、大手業者名古屋支店の強制調査に乗り出した。

 全国紙では報道されなかった『名古屋市営地下鉄工事入札結果』を以下に示しながら、分析を試みる。


(2) 平成17年度〜18年度 名古屋交通局地下鉄土木工事入札結果情報

平成17年度
1. 件名:高速度鉄道第6号線相生山駅工区土木工事
契約形態:総価、入札及び契約の方法:一般競争入札
予定価格(税抜):2,703,170,000円、入札日:18-02-08
落札価格(税抜):
2,550,000,000
落札業者:
前田・三井任友・浅沼特別共同企業体
落札率:約94.3%

商号または名称

入札書記載金額

1

2

3

入札
結果

前田・三井任友・浅沼特別共同企業体

2,550,000,000

落札

熊谷・錢高・名工特別共同企業体

2,570,000,000

五洋・佐藤・矢作特別共同企業体

2,620,000,000

間・東亜・大本特別共同企業体

2,630,000,000

奥村・竹中土木・日本国土特別共同企業体

2,650,000,000

大成・フジタ・大日本特別共同企業体

2,670,000,000


2. 件名:高速度鉄道第6号線徳重第1工区土木工事
契約形態:総価、入札及び契約の方法:一般競争入札
予定価格(税抜):6,693,120,000円、 入札日:18-02-08
落札価格(税抜):
6,210,000,000円
落札業者:
清水・西松・,鉄建特別共同企業体
落札率:約92.3%

商号または名称

入札書記載金額

1

2

3

入札
結果

清水・西松・,鉄建特別共同企業体

6,210,000,000

落札

鹿島・戸田・東急特別共同企業体

6,390,000,000

大林・鴻池・若築特別共同企業体

6,420,000,000

奥村・竹中土木・日本国土特別共同企業体

6,535,000,000

大成・フジタ・大日本特別共同企業体

6,600,000,000


3. 件名:高速度鉄道第6号線徳重第2工区土木工事
契約形態:総価、入札及び契約の方法:一般競争入札
予定価格(税抜):6,460,500,000円、 入札日:18-02-08
落札価格(税抜):
5,960,000,000円
落札業者:
鹿島・戸田・東急特別共同企業体
落札率:約92.3%

商号または名称

入札書記載金額

1

2

3

入札
結果

鹿島・戸田・東急特別共同企業体

5,960,000,000

落札

大林・鴻池・若築特別共同企業体

5,990,000,000

清水・西松・鉄建特別共同企業体

5,995,000,000

熊谷・銭高・名工特別共同企業体

6,390.000,000


4. 件名:高速度鉄道第6号線鳴子北駅工区土木工事
契約形態:総価、入札及び契約の方法:一般競争入札
予定価格(税抜):2.072,940,000円、 入札日:18-02-08
落札価格(税抜):
1,950,000,000円
落札業者:
間・東亜・大本特別共同企業体
落札率:約94.1%

商号または名称

入札書記載金額

1

2

3

入札
結果

間・東亜・大本特別共同企業体

1,950,000,000

落札

五洋・佐藤・矢作特別共同企業体

2,010,000,000

飛島・大豊・青木あすなろ特別共同企業体

2,020,000,000

前田・三井住友・浅沼特別共同企業体

2,058,000,000


平成18年度
5. 件名:高速度鉄遭第6号線神沢駅工区土木工事
契約形態:総価、入札及び契約の方法:一般競争入札
予定価格(税抜):2,752,290,000円、 入札日:18-06-05
落札価格(税抜):
2,550,000,000円
落札業者:
奥村・餞高・森本特別共同企業体
落札率:約92.7%

商号または名称

入札書記載金額

1

2

3

入札
結果

奥村・餞高・森本特別共同企業体

2,550,000,000

落札

間・大本・矢作特別共同企業体

2.650,000,000

飛島・大豊・徳倉特別共同企業体

2,665,000,000

注記:落札率の数字は小数点以下四捨五入
   出典は名古屋市調達情報サービス−入札結果詳細−


(3) 入札結果の総括

件名

入札日

応札者数(JV)

入札予定価格落札価格(落札率)

入札予定価格に対する応札価格の割合

1. 相生山駅工区土木工事

18-02-08

6グループ

2,703,170,000
2,550,000,000

(94.3%)

94.3
98.8%

2. 徳重第1工区土木工事

18-02-08

5グループ

6,693,120,000
6,210,000,000
(92.3%)

92.3%
98.7

3. 徳重第2工区土木工事

18-02-08

4グループ

6,460,500,000
5,960,000,000

(92.3%)

92.3%
98.9

4. 鳴子北駅工区土木工事

18-02-08

4グループ

2.072,940,000
1,950,000,000

(94.1%)

94.1%
99.3

5. 神沢駅工区土木工事

18-06-05

3グループ

2,752,290,000
2,550,000,000

(92.7
)

92.7
96.8


 入札案件1.〜4.は平成18年2月8日(平成17年度)に、5.は平成18年6月5日(平成18年度)に入札が行われた。応札業者は、すべての入札案件で、応札者は、大手・準大手・準大手の組み合わせによる特別共同企業体である。

 応札者は全社、財団法人日本土木工業協会(会員146社)加盟会員であり、各社ともほぼ全国展開の営業を行っている会社である。

 応札者がすべて特別共同企業体(JV)となっている理由は、入札案内書類が参照できないので確認できない。特別共同企業体(JV)が入札参加資格条件となっているのかもしれない。

 1.〜4.の入札については、発注者の名古屋市交通局に入札前に談合情報が入り、2006年2月3日に行う予定だった入札を、同月8日に延期した経緯がある。名古屋市当局は2月8日の入札後に参加したJVから事情聴取したが、
「談合の事実が確認できなかった」としている。

「徳重第1」と「徳重第2」の2工区で、受注した鹿島と清水建設のJVが、談合情報の後に落札する工区を差し替えられたことが公取委と地検特捜部の調べでわかっている。この2JVが、この2工区の入札に重複して参加しており、落札額が60億円前後とほぼ同じ規模だ。
 関係者によると、この2工区と同じ日に入札が実施された「相生山駅」と「鳴子北駅」の2工区でも、前田建設工業とハザマのJVが同様に落札する工区の差し替えができるようにしていたという。この2JVも、重複して2工区の入札に参加しており、落札額も20億円前後で規模が同程度だった。
出典:朝日新聞 2007-1-26

 上記の入札案件には、談合の仕切り役といわれた大手業者は落札していないが、今後の大型入札案件への落札が予定されているといわれている。まだ全線の工事入札は完了していない。

 中部地区の下水道工事、地下鉄工事、名古屋高速道路公社工事と次々に摘発されてきたが、中部地域全域の公共工事に拡大する傾向がある。談合は長い歴史を持つ業者間の工事受注の調整にあるのだから、当然の成り行きである。「談合決別宣言」がでたから、あるいは法令順守、「企業の社会的責任」(Corporate Social Responsibility="CSR")が声高に叫ばれたからといって、それできっぱり「談合」と絶縁できると考えることの虚しさをつくづく実感したのが今回の「名古屋地下鉄談合」である。


(4) 特別共同企業体(JV)について

 名古屋市交通局では「特別共同企業体」というが、国土交通省では「特定建設工事共同企業体」という。地方自治体でも「特定建設工事共同企業体」という場合もあり、「特別共同企業体」という場合もあるが、中身はほぼ同じである。


a. 特別共同企業体の内容

 上述の入札結果を見て、応札者すべてが『特別共同企業体(JV) 』になっていることがわかる。

 『特別共同企業体(JV) 』とは、公共工事において、共同で入札し、落札・契約した工事を共同連帯して営むことを目的とする。入札に際し、共同企業体に参加する各社は「特別共同企業体協定書」を結ぶ。協定書書式は、発注者(今回の事例では名古屋市交通局)が指示する様式である。その協定書の存続期間は、入札の結果当該工事を落札した場合においては、当該工事が完了し当企業体の清算が終了するまでとし、その他の場合は当該工事の請負契約が締結された日までとする。
企業体の代表者は、当該工事の施工に関し、当企業体を代表しその権限を行うことを名義上明らかにした上で、下記の権限を有するものとする。

1. 発注者及び監督官庁等と折衝すること。
2. 見積り及び入札に関すること。
3. 請負代金(前払金及び部分払金を含む。)の請求及び受領に関すること。
4. 各種保証金又は保証物の納付並びにこれらの還付請求及び受領に関すること。
5. 当企業体に属する財産の管理に関すること。

 協定書締結に当たり、当企業体の構成員の出資割合を決める。この出資割合にもとづき、利益金の配当および欠損金の負担が決まる。

 以下、共同企業体一般について述べる。


b. 共同企業体の利点

 一般に「共同企業体」の利点は、@工事資金の融資を受ける能力の増大を図り、A工事リスクの分散であり、B技術の拡充・強化及び経験の増大を図る、C工事施工の確実性を高める、などである。

 建設工事は規模か大きくなれば、その資金手当てが重要であり、工事のリスク分散を図ることが企業経営上望ましいことであり、技術的に困難な部分がある場合、経験が少ない技術的に弱小な業者が経験ある業者と共同で施行することによって経験を積み重ねることができる。その結果として各社の工事施工の能力・技術を補完しあい、契約履行の責任を果たすことができるということになる。


c. 二つの共同企業体方式

 共同企業体の方式は、共同施行方式(合同計算を行う----甲型)と分担施行方式(分担工事の責任施工をおこなう----乙型)の二つがある。分担施行方式とは、例えば水力発電施設建設工事の場合、A社はダム本体、B社は導水路、C社は発電所建屋というように、工事を分割し、各構成員は自己の責任と計算においてその分担工事を施行・完成させるものである。各構成員の得意分野を分担するという個性が現われ、実質的には工区の分割と換わらないように見えるが、発注者に対しては、連帯して責任を負うというものである。乙型でもそれぞれの分担工事をさらに数社で共同企業体を組んで工事を請け負う場合は、その内部は甲型共同企業体となる。
我が国の公共工事では、そのほとんどが、共同施行方式(甲型)である。


d. 共同企業体工事の歴史

 共同企業体工事について我が国では、戦後米国業者が沖縄の米軍基地建設に際して、鹿島組(現鹿島)と提携しておこなわれたことを端緒とする。

 建設省は昭和28年3月、建設省各地方建設局長・各都道府県知事宛てに「共同請負について」と題する通牒を発して普及を図り現在に至っている。同省はさらにその後、大手業者と中小業者の格差が著しくなってきたため、中小企業の育成強化策として、昭和37年11月、「中小企業の振興について」と題する通牒を関係官公庁、電力会社等に対して発し、中小業者の共同請負実施要領、共同企業体の資格審査要領、共同企業体協定書(甲)(乙)等を定めた。日本道路公団でも共同企業体協定書を作成して、中小業者の施工能力の強化をはかるため、大手業者と中小業者の共同企業体による入札を奨励した。このような経過の中で地方地自体などでも共同企業体方式が大手と中小、あるいは中小同士間で普及した。


e. 共同企業体の堕落

 しかし、この共同企業体方式もよいことばかりではない。長年の惰性で、共同企業体本来の目的はいつしか忘れられ、次第に業者間で仲良く工事を分配するという談合的要素の方が重視されるようになってしまった。
さらに、中小業者にとっては以後に言及する官公需法(「官公需についての中小企業者の受注の確保に関する法律」)の運用とともに、既得権化してしまっている。

 そのため識者からも共同企業体は、談合の巣窟、元凶であるとも指摘されるような、きわめて憂慮されるような事態に至っているのが現在である。
地方自治体などは、大型工事に限らず、発注に際し、全国業者と地元業者との共同企業体を入札の必要条件とするということも常態化している。資金的・技術的・施工能力的に大手業者と地元業者との共同企業体によって行わなければならない必要性もないものが多くなり、共同企業体そのものが形骸化している。

 国土交通省の直轄工事では、このような情勢を踏まえて、最近では共同企業体による入札を認めない方向となっているという。

 国土交通省の中央建設審議会は「共同企業体について」(昭和62年8月)で見直し改善の建議を行っており、その後の建議でも言及されている。

 公正取引委員会の「入札制度と競争政策報告書」(2003年11月)では、「特定の建設工事について結成される共同企業体については,事業者が自主的に他の事業者と共同企業体を組織すること自体は問題を生じるものではないが,発注者サイドにおいて,共同企業体の結成を発注の条件として事業者に義務付けることは適当ではないと考えられ,こうした義務付けは廃止していくことが適当」と指摘している。

 公取委の報告では、「事業者が自主的に他の事業者と共同体を組織すること事態は問題を生じるものではない」としている。しかしながら現実には、大規模ではない工事や、中小企業の育成を旗印にはしているが、実態は業者間の受注調整(フェアシェア)に使われている事例に事欠かない。公共事業の縮小傾向の中で、建設業者の過剰が問題である。いつまで「中小企業の育成」を旗印にしている必要があるのか。官公需法が制定(昭和41年(1966年)6月)されてからすでに41年になる。「育成」期間はとっくに過ぎている。

 いつまでこんな法律を拠りどころにして公共工事の発注を行わなければならないのか。この法律の賞味期限はとっくに過ぎている。弊害が多いのにも拘わらず、関係者は「触らぬ神に祟りなし」を決め込んでいる。政治が絡むからである。「弱者」が既得権を盾に、いつの間にか強者に変身して、「弱者保護」というまやかしの正義がまかり通っている。この「官公需法」については、別項で詳述する予定である。

 それに政治的な要請(有力者からの横やり、首長の意向や契約案件の議会----地方議会のボスは地元建設業者のオーナーなどが多い----の承認など)が加わったりして、極めて異常なのが実態である。

 発注者が入札参加資格条件として応札者に共同企業体を義務付けるにせよ、応札者が自発的に共同企業体を結成するにしろ、現在の日本型共同企業体は、本来の共同体方式を、我が国の発注者と受注者に都合のよいようにつくり変え、運営されていている。そして、公共工事入札の主目的である競争性を阻害し、結果として工事コストを押し上げ、共同体本来の目的から相当に外れていることは明らかである。その必要性については見直しの段階はすでに過ぎており、共同体方式による入札に対しては、入札価格のダンピング対策同様、中央省庁及び関係機関、地方自治体において、明確な「共同企業体」指針・要領などの大改訂が求められる。


(5) 名古屋地下鉄入札に関連して
a. なぜ単独応札者がいないのか?

 上述の『 (2) 平成17年度〜18年度 名古屋交通局地下鉄土木工事入札結果情報』で示した通り、どうゆうわけか、応札者はすべて「特別共同企業体」である。ほぼ同じ顔ぶれが各入札案件に参加している。

 応札者の各グループの代表者は、単独でも十分応札能力のある手頃な工事規模である。なぜ単独での応札がなかったのか、極めて不自然である。本件入札資格条件がわからないので、断言はできないが、発注者が「特別共同企業体」を入札参加条件にしたのであれば、上述(4)で述べたとおり、談合の弊害への対策を十分行わない発注者側にも責任がある。わかりやすくいってしまえば、金額的にもお手ごろで談合しやすい工事区分である、ということである。だから談合情報が広がると、直ぐに落札業者の組み替えも容易にできる。


b. 工事経験・実績確保のために共同体に参加する?

 すべての公共工事入札に関して必ず入札参加条件として要求されるのは、@経営審査評点数何点以上、A「営業所所在地」、B「同種工事の施工実績」、C「配置予定技術者の資格」、D「同地域での工事施工実績」などである。

 @については、我が国では、建設業法第27条第3項に基づき、公共性のある施設など省令で定められた建設工事の入札に参加しようとする業者を対象に、国土交通大臣または都道府県知事など許可行政庁が経営に関する客観的事項の審査を行う、これを経営事項審査(経審)という。1961年に制度化された。

 この経審に基づき、公共工事の発注者などが、業者の選定・配分、中小業者の保護などを目的に、業者を総合評価して評点を付けて順位をつける、これをランク付けという。ランクは、土木工事の工種区分に基づきA〜Eなど評点数に基づいて段階に格付けされる。総合評点数何点以上という入札参加条件(参加制限)が発注者から示される。発注者が要求する総合評点数以下ランク付けがなされている業者は入札に参加できない。

 だから一般競争入札といっても、公共工事の場合、どの業者でも参加できるというものではなく、実際は制限つき一般競争入札である。これは、A〜Dの項目についても同様である。

 欧米の公共工事入札においてはこのような経営事項審査の仕組みなどはない。

 @〜Dの条件を十分に満たさなければ、いくら入札に参加したくても出来ない。とりわけ、土木工事では、それまでの経歴・実績が重要視される。地下鉄工事のような場合は、既設地下埋設物や近隣構造物・建物などが多く、事故を起こせば周辺近隣への影響も大きいので技術的な難易度は高い。

 しかも、その経歴・実績が、入札時点から何年前のものまでという制限もある。だから将来も地下鉄工事の入札に参加しようという業者は、実績稼ぎのために、落札・施工して実績を積み重ねておくことが必要となる。

 その場合、共同企業体での実績評価も、構成メンバー代表者であったか、構成員であったかによって重みが異なる。このような入札参加資格条件があるため、大手、準大手の業者は、実績稼ぎのため、談合(受注調整)を行う誘因になる可能性がある。


c. 発注ロットは適切か?ロットの大型化はなぜできなかったのか?

 本年2月8日の入札は4工区に区分されている。従来からの慣習に従った工事区分なのであろうが、発注ロットをもっと大きくすれば、談合しにくくなる。極端にいえば、4工区をひとまとめにするとか、2工区とするとかして、入札に付せば、談合は極めて困難となる。

 落札するのとしないのとでは応札者にとってまったく状況が異なってくるので、落札希望者は必死になる。落札業者の組み換えなどは容易にはできなくなる。

 今回の入札案件に参加した各共同企業体の代表者である業者などは、年間1兆円規模のスーパーゼネコン(名古屋地下鉄談合のTV報道では、盛んにこの言葉が使われた)である。最近の国際入札では、もっと大規模の工事、数百億円〜数千億円規模にも及ぶ工事を単独あるいは商社や同業者と本格的な連合を組んで、果敢に、応札・落札しているので、技術、資金力、人材、経験、それらを含めた総合能力上は問題ないはずである。


d. 談合を示唆する応札価格

 また、上述5件の応札価格は、入札予定価格の92.3%〜99.3%、この応札価格は、あちこちで、「談合があった」と市民団体などが指摘している範囲の数字である。今回名古屋地検と公取は95%ルールを使って巧妙に談合を隠蔽したと見て調べている、と毎日新聞が報じている。

名古屋地下鉄談合:「95%ルール」使い、巧妙に隠ぺいか 

 名古屋市発注の地下鉄工事を巡る談合事件で、各工区で落札する業者の落札率が95%未満、他の入札業者は95%以上になるように応札額が決められていたことが22日、分かった。予定価格に極めて近接した額で落札すれば談合を疑われるための調整で、詳細に応札額をすり合わさなくても落札出来る制度だったとされる。名古屋地検特捜部と公正取引委員会は、業者がこうした「95%ルール」を使って、巧妙に談合を隠ぺいしていたとみて調べている。

 関係者によると、95%ルールはゼネコン各社が地下鉄工事の入札だけで採用した独自の申し合わせ。落札する業者を割り振れば、後は「暗黙の了解」(関係者)のうちに談合を成立させる仕組みだったという。落札することが決まった本命業者の共同企業体(JV)は、あらかじめ公表されている各工区の予定価格から、落札率が95%未満になるように応札額を決め、他の参加JVは落札率が95%以上になるよう自由に応札額を決めていたという。

 この方法を使えば、各工区の落札本命JVが、他の入札参加JVの担当者に応札額を指定して連絡する必要がなく、連絡を行わないことで、談合の発覚を避ける狙いもあったとみられる。実際、最大手の鹿島や清水建設、準大手の前田建設工業などを幹事社とするJVがそれぞれ落札した問題の地下鉄工事では、5工区とも落札率は94・33%〜92・25%で、いずれも95%を下回っていた。

 特捜部と公取委は、東海地方の談合組織の頂点に立つとされる大林組名古屋支店元顧問、柴田政宏被告(70)=別の談合罪で起訴=らが談合を隠ぺいするための巧妙な制度を完成させたとみている。その上で長年にわたって、名古屋高速道路公社を含め、同地方の官公庁発注の大規模公共工事で談合を繰り返していたとみて、全容解明を進める方針だ。

出典:
毎日新聞 2007年1月23日 3時00分


 勿論、入札予定価格の算定方法や規準は公表されているので、応札業者にとって入札予定価格を推定することはそんなに難しくなくなっているのが現実である。現在、国は入札予定価格を事前に公表していないが、地方自治体などでは、入札予定価格とともに最低制限価格も公表しているところもある。入札予定価格に業者の応札価格が限りなく近いからといって、それをすべて談合と決め付けることは出来ない。

 入札案件の様々な参加資格条件や状況の中で、参加者が多くなったり少なくなったり、時期的な要素なども絡み、各入札案件の競争性が異なり、落札率がそれによって左右されることも多い。


e. なぜ入札が時期的に分断されているのか?

 欧米諸国の入札では、プロジェクト全体の工区が一斉になされるのが一般的である。それは、費用対効果の重視である。細切れの発注では、事業資金の金利負担が大きくなる。予算制度上も複数年度予算方式の採用で、効率化を図っている。我が国では、通常、国の歳出予算は単年度で執行されるが、完成に数年度を要する事業について、特に必要がある場合においては、経費の総額又は年割額を定め、予め国会の議決を経ることで、数年度にわたって支出することができるようになっている。これを、国庫債務負担行為(財政法第15条)というが、地方自治体及び関係機関、本件の名古屋市地下鉄プロジェクトの資金手当てはどうなっているのだろうか。

 債務負担行為の期限について調べたら次の通りであった。例えば,市場化テスト法では第30条で国の債務負担行為を10年までとしているが,財政法で5年と決まっている。国にとってはこの法律がないと長期の債務負担行為が設定できないので意味がある。
PFI法も同様で,30年までの債務負担行為を可能にしている。

 自治体の債務負担行為は,地方自治法で期間の制限がないので,この法律がなくても長期契約は可能なのである。

 当然ながら、名古屋市自体の財政状況によって、さまざまな制約があるだろうが、細切れ発注で金利負担が増大するのを防ぐには、この方式は有効に選択できる。

 上述の名古屋地下鉄入札案件のうち1.〜4.は平成18年2月8日、5.はそれから4ヶ月遅れの6月5日である。なぜ4ヶ月遅れとなったのか、年度が代わっているので工事資金上の問題なのか、設計図書作成の遅れなのか、あるいは次の項目の用地買収の遅れなのか、何が原因なのかは分からない。

 工事路線は、鳴子北駅〜相生山駅〜神沢駅〜徳重駅と進んでゆくので、4ヶ月遅れで入札に付された「神沢駅工区土木工事」は、常識的には1.〜4.と同時期に入札に付されるべきものではないのか。

 また1. 「徳重第1工区土木工事」「2. 徳重第2工区土木工事」は入札・契約され工事が始まったが、その先の徳重駅工事はまだ入札に付されていないようだ。勿論各工区の完成時期が何時なのかということも絡んでくるので、一概に遅いからといって発注時期が不適切だとはいえないが。鳴子北駅は平成18年度、相生山駅は平成19年度、神沢駅は平成20年度、そして徳重駅は平成21年度に開通する計画のようである。


e. 用地買収の遅れ

 名古屋市地下鉄の分割発注の要因には、さらに用地問題も絡んでいる可能性がある。

 我が国の公共工事遂行上最も大きな障害は用地買収である。公共工事の細切れ発注の原因は、用地買収の遅れによる場合が多いのも我が国の特色である。土地の「所有」にまつわる問題がすべてに影響を与えている。農用地の放棄、森林・里山の荒廃化加速なども、土地の「所有」と「利用」に関わる問題でもある。

 日本経済の最大の欠陥は、土地問題であることは、国民の多くが認識している。バブルがはじけて以後大分値下がりした土地もある。しかし、都市部ではじわじわとまた値上がり傾向にある。それでも他国と比較して地価が異常に高い。その上、土地の私有権が絶対的に強い。しかも、様々な複雑な権利が絡み、そこから、不透明な、不当な利益を稼ぐ輩が後を絶たない。

 司馬遼太郎は、日本の土地問題に悲痛な危機感を持って、警告を発しつづけて、土地の公有化を提唱していた。(対談集『土地と日本人』中公文庫 1980年)

 その後、バブル崩壊、司馬が懸念していた「悲惨な状態」が現実となった。日本経済は土地に絡む過剰負債の対応策に追われて「失われた十年」以上も停滞した。最近、ようやく経済が上向き「いざなぎ景気」を超えたと、政府が繰り返し叫んでも、国民は、それを実感できず、所得が上向かず、税金の負担が増加傾向にあり、「格差社会の拡大」であると、依然、冷めたままである。

 竹内宏氏は「もし土地所有の負担が非常に重くなるような土地税制にし、土地の私有権を制限して、公的利用のために強制収用が楽にできるようになり、かつ漁業権等の既得権が消滅すれば、日本経済は一変する」「土地神話」は決して日本人の伝統的な体質が生み出したものではなく、たかだか戦後三十年ばかりで形成されたものだ」と、その著書『富めば鈍する』(東京経済新報社 1994年11月刊)でいう。

 大野剛義氏は、その著書『「所有」から「利用」へ』(日本経済新聞社 1999年6月刊)で、「日本が政官財民それぞれの領域で、これまで支配的であった「所有」を軸とした仕組みから「利用」を軸とした仕組みへ変わらなければならない」「戦後日本は、本来利用してこそ価値のあると地に付いて所有することを自己目的化してきた。個人も企業も金融機関も、「土地」所有が価値を生み出すということを前提に行動してきた。「所有」から「利用」への変化は、この「土地本位制」ともいうべき経済社会の仕組みが限界に達しており、土地の呪縛から個人と企業を解き放つことを意味する。それが、日本人の真の豊かさを手にすることにつながるのである」と主張して注目を集めた。

 漁業権、手厚い電源立地補償などというものも、我が国独特のものであり、先進国にはそんな仕組みはない。羽田空港の「D滑走路新設工事」も工事契約締結がすでになされている。しかし、漁業補償問題がいまだにまとまらず、工事着工が遅れ、結果として工事完成も遅れることが必至である。

 これまでの公共事業では用地補償の巨額化とその妥結の遅れが常態化している。この用地買収問題は公共事業を行うにあたって最大の障害として立ちはだかる。しかし、誰も本気になって、「土地問題」解決に動く者がいない。土地問題は、世界第二の経済大国の「アキレス腱」であり、我が国衰退化を加速させかねない重要課題である。

 以上、「名古屋地下鉄談合」摘発に関連して述べてきたが、次回は「なぜ建設業者が減らないのか」を考えながら、入札制度改革の抜本的改革について、論を進めてゆきたい。