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731部隊ドキュメンタリー

第二次世界大戦と大日本帝国の中国侵略

本編−2:石井四郎という人物と
731部隊の施設建設まで

 
UNIT 731 Documentary Japanese Invasion of China
  Second Sino-Japanese War 1937-45

 
Boston Republic Documentary Feb 25, 2015

青山貞一 Teiichi Aoyama 池田こみち Komichi Ikeda 編翻訳
September 30, 2017 独立系メディア E-wave Tokyo

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■本編−2:石井四郎という人物と731部隊の施設建設まで
  19.<石井四郎の横顔> 〜 31.<建物長官写真> まで

 こうした戦争に於ける莫大な人的犠牲に衝撃を受け、最初に毒ガスが使われてから10年後にジュネーブ議定書において、日本を含む145ヵ国が批准し毒ガスの使用が禁止された。

19.<石井四郎の横顔>
 しかし、生物兵器が禁止されたが紙に書かれた議定書の文言は、楽観的な日本軍の幹部が、生物兵器の使用を止めるのに十分ではなかったのだ。石井は密かに、731部隊の構想を進めていた。


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20.<石井四郎 正面>
 その幹部、一方では怪物とも評されたが、他方、天才と呼ばれる人物だった。 それこそが石井四郎なのだ。

 (Harris氏)「彼に対するそうした評価は当たっている。まったく人間性のかけらもない人物だった。」 彼は、家族・子供を愛し、当時の日本の文化の通り、よい父でありよい夫であった。」


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21.<石井四郎家族写真>
 石井四郎は1892年、裕福な家庭に生まれた。彼の家は、地元で最も広い土地を所有し大きな力を持っていたこともあり、特権が与えられていた。


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22.<軍服姿の石井四郎と地域住民の記念撮影>
 石井家の強大かつ封建的な権力は近隣の村にも拡大していった。四郎は、強大な石井家の権力のもとで傲慢な人物に育っていった。自分より低い地位にあると判断した者に対して何らの関心も持たなかった。

(Harris氏)「彼には道徳心のかけらも無かった。彼は、天皇と軍隊に対して忠実だったが、受け取った公金を横領したのだ。彼は、生物兵器を開発するという唯一の野望の実現しか頭に無く、それは首尾一貫していた。単純思考の人物であり、今日では、まさに、「生物兵器の父」と呼ばれるにふさわしい。」


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23.<石井を中心とする集合写真>
 石井中将は、まさに日本軍の官僚機構を操る能力を与えられていた。そして、すぐにその目的を実現するため、仲間を集めることに着手した。


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24.<満州の地図>
 占領した満州において、国が統制する医学研究の施設建設に向けて動き出したのだ。 その研究施設で、彼は全権力を手中にした。


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25.<731部隊建物空撮全景>
 石井はごく側近を除き、研究所における究極の目的である生物兵器開発計画を極秘裏に進めていた。しかし、この友人のネットワークは日本人が現人神と信じていた天皇裕仁につながっていたのだ。

(吉見氏証言)
  YOSHIAKI YOSHIMI (Professor of Modern History, Chuo University, Tokyo, Japan)
中央大学 日本近代史教授、吉見義明
「あらゆる部隊の創設や海外への軍隊の派遣や生物兵器作戦などは天皇の命令なしには行う事はできなかった。」

(Harris氏)
「天皇、その兄弟や親戚たち、中でも重要なのがその叔父であり、彼は実際に(その作戦に)参加し、この死の工場を訪れている。」 1936年、明確な秩序に従って、天皇裕仁が承認したことにより石井の夢が実現することになる。


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26.<建物正面>


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27.<破壊された建物内部>


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28.<ハルビン駅>
 天皇の命を受けて最終的に研究所の建築が決定すると、石井はすぐにハルビンに向けて出発し、世界最大の最新の生物兵器開発を行うための研究施設の建設を細部にわたって管理監督した。皮肉にもその建物は、公式には、関東軍防疫給水部本部と呼ばれていた。石井は彼の集めた科学者をハルビンに呼び寄せ、中国にこの研究所をつくる目的を明かした。

 中国における日本の占領は、彼らの侵略より以上に残虐なものだった。秘密警察が家々をまわり、日本を敵視しているという疑いのある人々を次々に捕まえて囚人とした。中国人と満州に住むロシア人が格好のターゲットだった。石井は、人間の研究材料を大量に必要としていたのだ。

(Harris氏)「彼らはただ人々を殺戮した。はっきりした理由もなく、ただ、殺されるときにどう反応するかを見るために殺したのだ。」


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29.<施設の残骸>


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29<日本兵が銃剣で囚人を突きつけて穴に落とす様子>
 世界に秘密で生物兵器の開発を進めるため、秘密の研究所731部隊は、わざと新たに征服した帝国の中心からやや離れたところに施設を建設した。この作戦の中心人物であった石井四郎は、研究を実行するためには、何のお咎めもなく(罰せられることなく)、外部から隔離した施設で定常的に実験材料が供給できる場所が必要だと考えていた。


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30.<2つの煙突の残骸>
 そこで彼は、研究所の建物をハルビンの郊外であるピンハン(Pingfan)に建設した。そこは、中国人24万人、ロシア人8万1000人とその他中国人以外の民族が住む地域だった。ハルビンからは近く、その刑務所には、既に十分な人数の人間(研究材料)が収容されていた。


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31.<建物鳥瞰写真>
 建物の建築はすぐに始まり石井四郎は細部にわたって監督しなんらの抜かりもなかった。国からは石井が要求したすべての資材、人材のための莫大な資金が投じられた。

 (Harris氏証言)「建物のは巨大だった。管理棟と呼ばれるところは非常に大きく立派なものだったが、あまりに大きくて、最後にピンファンが攻撃されたとき、大きすぎてその建物を破壊できなかったほどだった。」
 研究所管理棟の中央部分には500人までの男、女や子供を含む中国人が囚人として収容できる監獄が隠されていた。


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