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初冬の三峯神社短訪

C神楽殿

青山貞一 Teiichi Aoyama
池田こみち Komichi Ikeda


December 23, 2014
Independent Media E-wave Tokyo
無断転載禁
@場所と行き方 D拝殿 H手水舎 L国常立神社
A三鳥居と狛狼 Eご神木 I本殿と奥宮 M摂末社
B神社概要、随身門 F青銅灯籠 J神社の歴史 N日本武尊像
C神楽殿 G八棟木灯台 K祖霊社 O神社の紅葉


撮影:青山貞一 Nikon Digital Camera Cool Pix S8           菖蒲菱


出典:三峯神社公式Web

 随身門から参道をまっすぐあるくと、右側に鳥居があります。


撮影:青山貞一 Nikon Digital Camera Cool Pix S8

 その後、下の写真にある階段を登る途中、神楽殿が右手に見えてきます。


三峯神社 (トリップアドバイザー提供)


◆神楽殿(上の地図の8番) 

 以下は、三峯神社公式Webからの紹介です。

 神様のみ心をお慰め申し上げるためにお神楽の行われる殿舎です。

 太々神楽、又は里神楽といわれるお神楽(当神社では氏子滝の沢神楽連奉仕)は日本の神話をもとにした舞劇で、いわゆるお神楽衣装をつけ、面をかぶって笛太鼓に合わせて踊るものです。

 三峯の神楽は霧の流れる境内にひびく笛と太鼓の調和よく、その巧妙な撥さばきによって彼の宮本武蔵が二刀流を開眼した(吉川英治著 小説 宮本武蔵)と伝えられるものです。

 この神楽殿は明治41年5月、一の鳥居及び保存金と共に東京木場竪川講社から奉納されました。

●恒例神楽奉奏日…4月8日、5月8日

 神楽については、吉川英治著が小説「宮本武蔵」のなかで次のように述べています。

 太々神楽、又は里神楽といわれるお神楽は日本の神話をもとにした舞劇で、いわゆるお神楽衣装をつけ、面をかぶって笛太鼓に合わせて踊るものである。三峯の神楽はその巧妙な撥さばきによって彼の宮本武蔵が二刀流を開眼したと伝えられるもの。


三峯神社の神楽殿
撮影:青山貞一 Nikon Digital Camera Cool Pix S8


三峯神社の神楽殿
撮影:青山貞一 Nikon Digital Camera Cool Pix S8


撮影:青山貞一 Nikon Digital Camera Cool Pix S8


神楽殿           撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2014-12-23

 三峯神社の神楽殿では、たとえば、地元の「大滝紅葉まつり」のなかで三峯神代神楽『蛇打之座』を披露するなど、さまざまな催し物が行われています。


出典:大滝紅葉まつり | 秩父市立大滝中学校


◆神楽(かぐら)

 日本の神道の神事において神に奉納するため奏される歌舞です。

 神社の祭礼などで見受けられ、まれに寺院でも行われています。平安中期に様式が完成したとされ、約90首の神楽歌が存在しています。神楽は、神社に「神楽殿」がある場合、そこで行われる事が多いようです。

 一般に、「かぐら」の語源は「神座」(かむくら・かみくら)が転じたとされます。神座は「神の宿るところ」「招魂・鎮魂を行う場所」を意味し、神座に神々を降ろし、巫・巫女が人々の穢れを祓ったり、神懸かりして人々と交流するなど神人一体の宴の場であり、そこでの歌舞が神楽と呼ばれるようになったとされています。

 古事記・日本書紀の岩戸隠れの段でアメノウズメが神懸りして舞った舞いが神楽の起源とされています。アメノウズメの子孫とされる猿女君が宮中で鎮魂の儀に関わるため、本来神楽は招魂・鎮魂・魂振に伴う神遊びだったとも考えられています。

 神楽は、宮中の御神楽(みかぐら)と、民間の里神楽(さとかぐら)に分けられます。また幾つかの神社では、近代に作られた神楽も行われています。


出典:Wikipedia

◆神楽、能、狂言の違い

 神楽は、神に奉納する目的で行われる舞踏です。今は神楽が神社で行われるのが普通ですが、古くは収穫の後の田畑などで収穫への感謝を表すために舞われたようです。

 そういう神楽を田神楽(たかぐら)とか田楽(でんがく)とか言います。

 能は、世阿弥と観阿弥が確立した舞踏で、平安時代の霊魂のからむ内容のものが多くあります。
そうした深刻な内容の能の間に演じられる喜劇が狂言です。

出典:知恵袋Q&A

 以下は神楽殿の内部です。
 

三峯神社の神楽殿の天井
撮影:青山貞一 Nikon Digital Camera Cool Pix S8


三峯神社の神楽殿の内部
撮影:青山貞一 Nikon Digital Camera Cool Pix S8


つづく