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市民感覚のはき違え
「推定有罪」判決と
大メディアの傲慢
青山貞一
東京都市大学大学院
掲載月日:2011年10月2日
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 陸山会事件の判決が、2011年9月26日東京地裁 登石郁朗裁判長であった。

 この判決については、多くの弁護士はもとより元検察官らも疑義を呈している。またこの問題を追ってきた多くのフリージャーナリストも同様に首をかしげている。

 この事件について当初から発言してきた元地検特捜部検事で、現在名城大学教授(弁護士)の 郷原信郎氏は、ツィッターで次のように述べている。

 今回の事件では、裁判所は、検察が用意した検察官調書という料理を食べないで推測、憶測で料理を作り上げた。こういうことがまかり通るのであれば、検察官は、適当な証拠で取りあえず起訴すれば、有罪判決となることもある、ということで、無責任な起訴がまかり通ることになってしまう

 検察がストーリーを固定化して、それに沿う調書を不当な手段でとろうとするのも問題だが、それ以上に、その調書すら必要とせず、裁判所が、推測や憶測で勝手に事実を認定するようになったら、不十分とはいえ、検察という組織のハードルがかかるのと比較して、さらに事態は悪化する。

 
 さらにこの事件を法廷を傍聴する中で追跡してきた江川紹子さんも次のように述べている。

 裁判所の大胆で強気な判断の連続に、判決を聞いていて驚きを禁じ得なかった。

 実際に報告書を作成した石川知裕、池田光智両被告は有罪とされることは十分ありうる、と思っていた。この事件は、お金の出入りについて、政治資金収支報告書に記載すべきかどうか、いつ記載すべきかが、本来は最大の争点だった。

 なので、実際に支出があった年に報告しなかったり、小沢一郎氏の他の政治団体など身内間の金の融通についても逐一報告しなければ違法、と判断すれば、有罪になる。

 なので、主文言い渡しの際、2人が有罪となったことについては(求刑通りという厳しさには「おっ」と思ったが)、特に驚いたわけではない。驚いたのは、判決理由と、陸山会事件で大久保隆規被告も有罪とした点だった。  

 東京地裁は、6月に証拠採否の決定で、検察側主張を支える供述調書の多くを退けた。自ら証拠を排除しておいて、判決ではそれを「当然…したはずである」「…と推認できる」など、推測や価値観で補い、次々に検察側の主張を認めていった。しかも、その論理展開は大胆に飛躍する。

 他方、この東京地裁判決に大マスコミや自民党など野党は、こぞって鬼の首を取ったかのような大騒ぎである。

 言うまでもなく、この判決の最大の問題は、判事の価値判断と推論でいわば事実に基づくことなく有罪を決めたことである。

 裁判でもっとも重要なことは法理と証拠であることは言うまでもない。仮に裁判官がいくら疑わしいと感じたとしても、物的証拠がない場合は無罪とする、すなわち「推定無罪」として被告人の利益とするのが近代司法の大前提である。

 今回の陸山会裁判はもともと政治資金規正法に絡む事件である。

 大久保元公設秘書が突然逮捕され、その後、池田元秘書、石川衆議院議員が逮捕された。常軌を逸した異常な取り調べのなかで、特捜部検事の操作シナリオに沿うような証言をしたとしても、それらの多くは裁判のなかで当人らは否認している。

 四億円のカネの出し入れにともなう政治資金収支報告書への記載漏れをめぐる問題は事実であり真実であったかも知れない。しかし、執行猶予付きとはいえ3人が有罪判決を受けた背景、理由に、水谷建設から5000万円を二回に分けもらったと決めつけられたことは、どうみてもおかしい。

 5000万円を2回に分けて授受した場所は私もよく使っている東京港区六本木のアークヒルズの一角にある全日空ホテル1階のラウンジであるという。このラウンジは大きな吹き抜けの下にあり、二階部分からラウンジは丸見えの場所である。

 ここで金銭の授受をしたことの証拠は二転三転した水谷建設社長の証言しかない。ホテルに行ったときの自動車の運転手でさえこれを裏付けていない。渡す以前に、行ったかどうか分からないのである。

 秘書らは全面否定しており、控訴している。

 このように、裁判官があたかも事実であるかのように認定した水谷建設からの1億円の裏金だが、これはせいぜいカネを渡した水谷建設側が一方的に『渡した』と言っているだけであり、目撃者もいない。それを法廷で証言した水谷功会長でさえ、上述のように公判では『分からない』と証言していた。

 物的証拠なく、かつ検察側の証人の証言もいいかげんななかで、判事が事実認定するのはどうみても無理なのである。

 判事の判決を読むと、東京地検特捜部の起訴内容のフレーズをコピペしたような部分が続々出てくる。さしたる物的証拠がなく、証言もあやふやな事案を裁判官の推認により有罪化したのではたまったものではないだろう。

 週刊朝日の元編集長、山口一臣氏は、ツイッターのなかで、

 古い資料をひっくり返していたら、驚くべきことに気がついた。先ほど指摘した、判決要旨に書かれた岩手県等における公共工事の受注に関するくだりは、西松建設事件の裁判のときの検察側冒頭陳述の丸写しだった。一言一句、ほぼコピペされているといっとも過言ではない。こういうことは、よくある

と述べている。

 水谷建設の川村元社長は現金授受現場の都内のホテル(六本木の全日空ホテル)に向かう移動手段についても、タクシーであるか社用車なのかについて曖昧な証言をしている。これについて登石裁判長は5年前のことなので、やむを得ないと度外視しているが、不動産購入資金4億円の原資問題については、10年前のことといえ巨額の資金の出入りを覚えていないのはおかしいと断罪している。

 過去、公共事業を巡る談合問題、天の声問題などが新聞紙上を賑わしたことはあるとしても、ことは裁判の場で、判事の価値論や推論、すなわち価値判断で「疑わしきは有罪」としたのでは、司法そのものの存立に係わることになる。

....

 ところで、この一億円授受問題では、TBSテレビが水谷建設側の言い分をもとに、あたかも秘書がホテルでカネを受け取ったかの再現シーン(架空の番組)を放映したことがある。これについては多くの識者がTBSに疑問を投げかけた。

 再現シーンは、水谷建設社長が検察側の証人として出廷した際の証言の内容とほぼ同じであり、到底、TBSが独自に取材したとは考えにくい。TBSがその検察にのせられ、その場に居合わせたとおぼしき人物に接触し、真実であるかわからない情報を映像にして流していたとというのが実態であろう。

 以下はTBSの番組一部であるが、検察が水谷建設側からのあやふやな情報を裏をとることなくTBSにリークし、それを以下のような架空の番組とし、カネのやりとりをあたかも真実であるような放映は、きわめて不可思議であった。













 TBSがしたことは、報道機関にあるまじきことなので、当時、私もTBS報道局に記名(氏名、所属)の質問状を送ったが、TBSからは未だに何一つ返事がない。これだけ大胆なことをしておきながら視聴者からの質問に何一つ応えなかったのである。

....

 2011年10月2日のサンデープロジェクトで陸山会事件判決に関口氏が触れ、佐高氏と神保氏(ビデオニュースドットコム)は、判決に対し、私の疑問と同じ疑問を理路整然と呈していた。

 しかし、毎日新聞の岸井氏は、陸山会事件の判決はまっとうな判決であるとし、その理由として、市民裁判員制度など刑事司法の改革は市民感覚を司法に反映させることにあり、今回の判決は、世論が「政治とカネ」や公共事業を巡る談合、天の声などに感じてきたことを反映したものだ、と述べていた。

 私は岸井氏の上の発言は明らかに間違っていると思う。

 そもそも、日本では市民感覚、世論は新聞、テレビなど大マスコミが国民、市民に一方通行的に情報提供する内容により大きな影響を受けている。市民感覚、世論と言えば聞こえが良いが、その実、市民感覚、世論は大メディア報道が作り上げたものと言えるのではないか
 民主党が政権交代する前から自民党、東京地検特捜部、大メディアは、小沢一郎氏を標的にしてきたことは言を待たない。それについて今までさんざん論じてきたので、はここでは詳述しない。

 地検は真実であるかどうかわからない情報を洪水のように大メディアにリークし、リークを受けた大メディアは、それこそあることないことを出所、出典を示すこととなく連日連夜、紙面やニュースで国民に垂れ流してきたのである。

 そのうえで出来た市民感覚や世論であり、それを司法に反映するとすれば、法と証拠に依拠すべき司法が、物的証拠ないまま、推論で1億円の金銭授受が認定され、秘書らが有罪となっているのでは、まさに司法の機能不全、刑事司法における「推定無罪」原則の放棄である。

 TBSはじめ大メディアがしたことは、情報操作による世論誘導そのものではないか?

 その意味でも、毎日新聞(TBSと同じ系列)の岸井氏の主張は、法理、刑事司法のイロハを理解せず、自分たちが検察リークで一方的に報道してきたことを市民感覚、世論を理由に合理化、正当化するもので、到底首肯できない。