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<検証・八ツ場ダム@>
メディアの腐敗と堕落


青山貞一

掲載月日:2008年5月8日
無断転載禁



●八ツ場ダム工事による自然と財政の破壊を現場で監視!

 環境総合研究所の北軽井沢研究室から車で約20分のところに、日本最大のダム系公共工事である八ツ場ダムの工事現場がある。

◆環境総合研究所 北軽井沢研究室

 北軽井沢に行くたびに現場を視察し、工事や自然破壊の現状況を監視、この「独立系メディア」でブログで公開してきた。

 ここ2年は、大学の青山ゼミの学生、大学院生、中国からの留学生を夏のゼミ合宿で連れて行き、座学では得られない生きた事例として現場を歩きながら八ツ場ダムの建設現場を見てもらっている。今までに八ツ場ダム問題を卒研のテーマとした学生はすでに4人となっている。

  また東京工大大学院の院生も合宿に参加するなど、八ツ場ダム視察は日本の公共事業が抱えるさまざまな課題を象徴する場所として重要なものとなっている。それは私が「公共政策論」や「環境政策」の授業でいくら日本の公共事業の課題を語るより、まさに百聞は一見にしかずである。自分の目でしかと見てもらい、考えることが大切なのである。

 そんな中、2008年5月3日〜5月6日のゴールデンウィークに北軽井に出かけ、長野原地区にある八ツ場ダムの工事現場に皆で足を運んだ。

 現場では下の写真にあるように、この半年でずいぶんと付帯工事が進んだと実感する。 同時に、それら巨大公共工事の実施に伴い自然環境や自然景観の破壊が一層激しさを増していると心底思えた。


日本有数の景勝地で進む八ツ場ダム関連工事。群馬県長野原町にて
撮影:青山貞一、Nikon Cool Pix S10
2008年5月

●八ツ場ダム工事にすでに4600億円を投入

 八ツ場ダムは、財政的にみてもすでに4600億円近くの巨額な公金を使っている巨大公共事業である。そして国土交通省は最近になって八ツ場ダム建設の竣工時期をさらに5年延期すると言明した。

 田中康夫前知事から村井仁知事に代わった長野県で、村井氏が脱ダム宣言の現場として全国的に一躍有名となった「浅川ダム」事業を長野県公共事業評価監視委員会の反対を押し切り、強引に復活させ、会見で「これで11年は食える」と本音を漏らしたのは有名な話しである。実は私もその委員会の委員をしている。

 *「浅川ダム」事業と長野県公共事業評価監視委員会について
   現在発売中の岩波書店の「世界」で伊藤景子氏が子細に書い
   ているので、ご関心がある方はぜひお読みいただきたい。

 村井長野県知事の言葉に象徴されるように、まさに日本では「公共事業は小さく産んで大きく育てる」のが常套手段化しており、これは八ツ場ダム事業でも同じだ。

 公金の不正支出として八ツ場ダム事業に住民訴訟で挑んでいる知人の弁護士によれば、八ツ場ダムは過去何度も工事の延期をしているが、そのひとつの理由は延期することで次々に土建予算を増額させ、政官業の既得権益や利権の確保をねらっていると思える。とんでもないことだ。

 これについては、青山貞一:<検証・八ツ場ダムC>「官僚社会主義」で財政破綻をあわせて読んで欲しい。

 そもそもこれだけ巨額の国費を使うなら、はじめからダムなど造らず、1/100確率(国土交通省は最近1/200、すなわち200年に一度起こるであろう大水害の確率のこと)で起こるであろう洪水災害の予定地の世帯を安全な場所に移住してもらうべきと考える。そもそも長野原地区の水没予定世帯には移転補償費が国費などから支払われる。

 この方法であれば、私算で4600億円の1/10以下の予算で十分に対応が可能である。もちろん、この場合には自然環境や景観の破壊はない。最もオカシイのは、仮に私的な土地所所有が認められているからと行って、氾濫原や洪水時に水没の恐れがある地域に国土交通省の子分達が建築確認や開発許可を出していることだ。

 国土交通省がしていることをつぶさに見ると、本当に治水や安全を考えているとは思えない。大洪水の発生を理由に、彼らはより多くの税金、国費を土建事業に投入させることばかり考えている、国土交通省の権益の保持ばかり考えていると思わざるを得ない。まさに国土交通省は時代錯誤の無謬性をもった「亡国の役所」である。

 ●ダム建設費膨張9兆円、一段の肥大化も 当初計画比1.4倍
   日本経済新聞 2007.8.30

表1 日本におけるダム建設費                 単位:億円
ダム名 県名 当初見積額
億円
(A)
実際の
建設費額
億円(B)
倍率
B/A
計画
策定時期
八ッ場 群馬県 2,110 4,600 2.1 1986年
大滝 奈良県 230 3,640 15.8 1972年
徳山 岐阜県 330 3,500 10.6 1976年
川辺川 熊本県 350 2,650 7.5 1976年
滝沢 埼玉県 610 2,320 3.8 1976年
湯西川 栃木県 880 1,849 2.0 1986年
志津見 島根県 660 1,450 2.1 1988年
出典:2007年8月30日の日本経済新聞一面記事より。赤色の強調は筆者


●地元新聞が八ツ場ダムの広報紙を編集する異常!

 というように、まともな情報公開や説明責任を果たすこともなく、八ツ場ダム建設工事は今日も粛々、淡々と進んでいる!

 ところで表1にあるように、予算額でダントツの巨大ダム事業が首都圏の一角である群馬県で進行しているにもかかわらず、新聞、テレビなどマスメディアは国土交通省に遠慮してかどうか、その実態をほとんど報道していない。

 あれほど筆者が問題を指摘しておいたのに、まだ上毛新聞社が仕事を得ている。次は友人の議員らに国会質問をしてみたい!

 ここ数ヶ月、国会、メディアは暫定税率問題そして道路特定財源の一般財源化など、高速道路問題で大騒ぎしてきた。しかし、首都圏で展開するこの巨大なダム事業の実態や、ダム建設がもたらす問題点をマスメディアは取材もせず、報道もしていない。

 そのこと自体、中国や北朝鮮ならいざ知らず民主義国家にあるマスメディアとしてきわめて異常なことと思える。

 昨年夏、「独立系メディア」の以下の論考(ブログ)で指摘したように、本来、八ツ場ダム建設がもたらす環境や財政の破壊を現場で取材し、地元だけでなく広く納税者、国民に周知すべき立場にある地元新聞である上毛新聞は、国土交通省から八ツ場ダム関連の広報紙編集とその各戸配付業務をこともあろうか特命随意契約で受注していた。

◆青山貞一:日本のメディアの本質を考えるJ巨大公共事業推進の先兵

 今回の現地視察でも、私たちは国土交通省現地事務所が設置している広報センター「やんば館」に行き、豪華なカラーパンフ、「広報やんば」をもらったが、このパンフこそ、まさに上毛新聞社が編集と各戸配付を担当しているものだ。

 上述のように上毛新聞が本来すべきことは、予算規模において日本最大の環境破壊ダムを現場でつぶさに監視し、連日紙面で警告することにあるはずであるが、そのメディアが国土交通省から編集、配付の仕事を受け、国土交通省の広報活動の一端を担っていること自体、きわめて異常なことと思える。

 上毛新聞社は国土交通省の現場事務所からいくばくかの仕事を得ることで、メディアとしてもつべきジャーナリスト精神を捨て去り、事業者の手先と化している、と思われても仕方ないだろう。

 何度も指摘するが、日本のマスメディアの基本姿勢は本質的、根本的なところで間違っている。本来、国家権力や行政行為を国民、納税者の側に立って監視、批判すべきマスメディアが、こともあろうか特命随意契約で国から業務を受注し、国の広報組織に成り下がっている。その実態はマスコミ機能の死滅を意味する。


●事業者と御用メディアによる「自画自賛」の利根川サミット

 ところで、「広報やんば」は、その一面で「利根川サミット」を特集していた。 

 「利根川サミット」は、カスリーン台風来襲60周年を記念して水害対策などを改めて検討することを主旨として2007年11月に開催されている。 主催はカスリーン台風60周年記念委員会、東京都港区の三田にある笹川記念会館で行われている。

 「広報やんば」をよく見れば、このシンポジウムは、八ツ場ダムの建設当事者である国土交通省と群馬県、栃木県、茨城県、千葉県、埼玉県、東京都など、なぜかダムの建設費を国に上納している関東の関連都県の幹部だけで開催されている。 そして、かの上毛新聞社の編集局長が、「利根川サミット」の司会をしているのである。

 下のカラーパンフにある出席者(=発言者)は、大澤群馬県知事、福田栃木県知事、上田埼玉県知事、坂入茨城県企業局長、古川千葉県土整備部長、道家東京都建設局長、国土交通省は関東地方整備局局長、それに司会をする上毛新聞社の編集局長である。


出典:国土交通省 広報 やんば 2008年1月15日号

 利根川サミットには、以下のWebにあるように、誰でも参加申し込みができることになっているものの、パネリストは税金を使い事業を進める国、自治体などの事業者だけであり、この事業がもたらす財政、環境への影響などに危惧を抱くひとはまったくいないのである。今更ながらこれには驚いた!

 https://www.ktr.mlit.go.jp/kyoku/river/tonegawa_info/input.htm

 国土交通省から広報事業の仕事を特命随意契約で受けている地元新聞社、メディアである上毛新聞社の編集局長が司会を行い、シンポジウムの結果を広報紙で特集し掲載する。これはまさに「自作自演」そのものではないか。

 さらに特集を読み進むと、パネルディスカッションは、カスリーン台風来襲との関連でダムの必要性を強調するものばかり、まさに事業者による八ツ場ダム事業の「自画自賛」である。

 「やんば館」でも、DVDや掲示ポスターでカスリーン台風被害がことさら強調されているが、「利根川サミット」でもカスリーン台風被害がことさら強調されているのである。

 パネル討議のなかで、大澤群馬県知事は昨年(2007年)9月に首都圏を襲った台風9号について、「土砂災害で大打撃を受けた。備えを怠ってはならないと実感」と述べている。だが、吾妻川流域なり利根川のどこでどのような土砂災害があったのかを個別具体的に示すことなく、土砂災害の大打撃というのは間違いである。


●地域の秀逸な自然を破壊して地域の活性化はありえない!

 他方、茨城県の企業局長は、「利根川を地域再生の戦略ツールに」と力説している。しかし、日本有数の自然環境と絶景の景勝、それに歴史ある温泉地を壊わしておいて、地域再生もなにもないものである。欧米カナダでは絶対にあり得ないことだ。

 当然のこととして、観光による地域再生やまちおこしの大前提は、地域にある希有な環境資源あってのことである。 巨大公共事業、それも必要性に乏しい巨大ダム建設によって地域の貴重な自然、景観を破壊するようでは、地域再生などあったものではないだろう。

 地域のひとびとが押し黙っているのは、50年以上に渡って、ダムに翻弄され疲れ果てたからに他ならない。 八ツ場ダムの工事現場を見ると、巨大な公共事業を延々と推し進めることで一部の政官業が既得権益を得てきたことがよく分かる。

 もとより、八ツ場ダム事業のように巨額な公金を使う公共事業のシンポジウムを建設を促進する国、自治体の事業者だけが開催すること自体問題だが、いまどきカスリーン台風被害をもとに巨大、巨額のダムの必要性だけを一方的に「自画自賛」すること自体、時代錯誤ではないだろうか。予想されたことではあるが、これにも驚いた。

 周知のように、八ツ場ダムは事業費が空前絶後というだけでなく、自然環境への影響も想像を絶するものがある。


日本有数の景勝地で進む八ツ場ダム関連工事。群馬県長野原町にて
撮影:青山貞一、Nikon Cool Pix S10
2008年5月

 国は都道府県に公共事業評価監視委員会の設置を義務づけているが、国直轄事業である八ツ場ダムでも、事業者による「自画自賛」とは別に、この間、国、自治体が時代状況と無関係に、半世紀も前に決めた計画を一方的に事業化してきた巨大ダム事業がもたらす財政や自然環境への影響についても現地調査にもとづき報告すべきである。

 およそ民主主義とはほど遠いやり方、すなわち事業の必要性、妥当性、正当性を検証、評価することなく、強行される事業を見るにつけ、国土交通省はまさに「現代の関東軍」であり、官僚社会主義の極致であることがよく分かる。

 これでは日本の土木、公共工事、公共事業の国民的信頼は到底得られないであろう。 この様は、まさに滑稽であり、、お隣の北朝鮮を嗤えない。


●NHKの元解説員が「自作自演」シンポで基調講演

 くだんの「利根川サミット」で基調講演を行ったのは、藤吉洋一郎大妻女子大教授であった。 

 基調講演をした大妻女子大学教授の藤吉洋一郎氏の「素性」を調べてたら、何と元NHK解説委員とあった。

 NHKの元解説委員が大学教授の名でこの種の国土交通省一家、一族による一方的な「自画自賛」シンポジウムで基調講演しているのも非常に気になる。

 藤吉氏は基調講演で「千人以上の死者を出したカスリーン台風から60年、類する災害は起こらなかったから今後も何もないだろう、こういう時間軸を自然現象にあてはめるのは誤りだ」、などと、現場の実態を知ることなく一般論で水害危機を煽り、ダムの必要性を説くこと自体、間違いである。

 たとえば藤吉氏は長野、群馬を直撃した直近、すなわち2007年秋の雨台風によって、吾妻川の上流から利根川の下流までの降水量に対応した河川流量、大小の被害をどう把握しているのだろうか?

 すくなくとも基調講演前に一度であれ現場を歩いているのだろうか?

 国土交通省など事業者側が世論の情報操作、世論誘導に悪用することが分かりながら、「自画自賛」のシンポジウムにNHKの元解説委員がでて、ダムの必要性を説くこと自体いかがなものであろうか?

 いかにも今の日本のメディアの腐敗と堕落を象徴するシンポジウムである!