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日航機事故から30年、

御巣鷹の尾根に登る

青山貞一 Teiichi Aoyama *1,*2
池田こみち Komichi Ikeda *2
*1 東京都市大学名誉教授
*2
環境総合研究所(東京都目黒区)

August 18, 2015
独立系メディア
E-wave Tokyo
無断転載禁
@慰霊の園 A新展示棟1 B新展示棟2     C登山口へ    D尾根登山
E昇魂之碑    F昇魂之碑周辺1  G昇魂之碑周辺2   H墓標・補遺

  「昇魂之碑」がある最終的な目的地、御巣鷹の尾根(1539m)と「登山道入口」(1359m)との高低差は約180mあります。登山時間はひとにより異なりますが、45分から1時間、距離は約800mと書かれていました。

 ちなみに、私達は途中、昼食などで休憩を取りましたので約1時間かかりました。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2014-7-16

 登山口には、杖と傘が置かれています。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2014-7-16

 私達も一本ずつ借用し、使用後、ここに返却しました。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2015-8-10

 また、「杖入れ」の前に「御巣鷹の尾根に泊まられる登山者に対し、登山日と登山者の氏名を記入する」ように求めた上野村のポストがあります。さらにこれとは別に、入山者数カウンターがありました。これは年間の「御巣鷹の尾根」登山者数をカウントするためのものです。

 ちなみに、「今年7月は1779人となり、前年同月の842人から2倍以上に増加した。この30年間で尾根は交通事故、鉄道事故などの遺族も訪れ、広く公共交通の安全を願う場となっている。さらに、東日本大震災や御嶽山噴火の遺族も登るようになり、命の重みを考える場ともなった。」(毎日新聞2015年8月12日)とあるように、夏場はそれなりの登山者が毎月単位であるようです。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2015-8-10

 かくして私達は「昇魂之碑」をめざし「御巣鷹の尾根」を登ります。

 登山の大部分は、下の写真のような木で造られた階段を登って行きます。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2015-8-10

 登りだして少し行ったところに、「すべの沢のささやき」がありました。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2015-8-10


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2015-8-10


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2015-8-10


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2015-8-10

 登って行くと、下の写真にあるように、アルミで出来たハシゴのような階段もあります。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2015-8-10

 下はアルミの階段を下から見たものです。あまりにも急な傾斜なのでやむなく階段をあつらえたのでしょう。私達は北軽井沢の別荘から40分ほど中之条町(旧六合村)にあります「世立八滝」という滝を見るトレッキングコースでそそり立った崖にかかる同じようなアルミの階段を何度も登っていることもあり、全く問題なく登れました。


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400  2015-8-10

 さらに25分ほど登ると、下の写真にある登山小屋が見えてきました。この小屋の右側にはトイレもあります。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8    2015-8-10


撮影:池田こみち Nikon Coolpix S6400  2015-8-10

 小屋の横を登って行くと、下の写真にあるご遺族、受付という机が置いてありました。おそらく2015年8月12日に「昇魂之碑」に登るご遺族のための受付簿が置かれるものでしょう。
現場では、8月12日には多くのご遺族が来られることを想定し、参道や慰霊碑の前のお焼香台などを地元の方々が丁寧に整えていらっしゃいました。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8    2015-8-10


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8    2015-8-10

 
山小屋を過ぎた後、傾斜地のあちこちに、数次と英語のA、B、C、D、E、F、G、H、I、Jなどのアルファベットが書かれた立て札と,その前にある墓標を見ることになります。
 

 後で分かったのですが、この数字+アルファベットは、日航機事故の犠牲者が事故後発見された位置を示しているものであるのです。下の写真はその一例です。


撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8    2015-8-10

 下の地図は、御巣鷹の尾根からスゲノ沢に至る広大な地域に散在する犠牲者が事故後発見された場所です。最下段の標高が山小屋の高さなので、山小屋を過ぎた当たりから歩く先々で5Fとか10Hなどを見ることになったのです。しかも、それらの標識のすぐすばに、上の写真にあるような墓標がありました。

 おそらくご遺族やその親族、友人等が「御巣鷹の尾根」に登りお参りする際の目安として以下の図が用意されているものと思われます。実物は非常に小さく見づらかったので、ここでは拡大して表示しています。


出典:現地でいただいた「御巣鷹の尾根 案内図」

 下は、「日航機事故調査報告書」の図です。方位が上の「御巣鷹の尾根 案内図」と異なっていますが、「日航機事故調査報告書」の図と重ねてみると、いろいろなことが見えてきそうです。


出典:日航機事故調査報告書

 そこで、「日航機事故調査報告書」の図を「御巣鷹の尾根 案内図」に方位をあせてみました。



出典:現地でいただいた「御巣鷹の尾根 案内図」


出典:日航機事故調査報告書 ただし、方位を上下、左右を回転しています



 さらに以下は有名な日航機墜落現場の北側から撮影した航空写真です。


慰霊の園の資料館に展示されていた事故当時の写真
撮影:青山貞一 Nikon Coolpix S8 2013-8-27 

 この衛星写真も上の2枚の図と方位を合わせて表示して見ました。



出典:現地でいただいた「御巣鷹の尾根 案内図」


出典:日航機事故調査報告書 ただし、方位を上下、左右を回転しています



日航機墜落事故現場の航空写真


 以下の上の衛星写真は、2010年5月13日のグーグルマップの衛星画像であり、衛星画像を見れば分かるように、山腹の傷跡を確認できました。


2010年5月13日のグーグルアースの衛星画像との比較
上の写真の出典:2010年5月13日のグーグルアースの衛星画像

 上記の3枚から事故の実態がよく分かってきそうです。

(1)当然といえば当然のことですが、英数の表と墓標(被害者)は、御巣鷹の尾根に激突した
   日航機の残骸、尾根の森林破壊が激しく土がむき出しとなっている場所に多く存在していること、

(2)とりわけ左右の主翼、前部胴体、後部胴体の残骸がある場所に英数の表と墓標(被害者)が
   集中していること、

(3)それらは主にスゲノ沢地区、「昇魂之碑」の上部の前部胴体部に集中していること

などです。


 小屋から先少し行くと、ゆるやかな坂道と比較的急峻な近道に別れていました。私達は2度ともゆるやかな坂道を選らび「昇魂之碑」を目指して尾根を登りました。

 おそらく若い人たちには何の苦も無く登れる「御巣鷹の尾根」でしょうが、事故から30年たった今、高齢者にはかなり厳しい登山となるにちがいありません。

 以下はヤフーマップで見た「昇魂の碑」、スゲノ沢です。


ヤフーマップで見た「昇魂の碑」、スゲノ沢

つづく