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厳寒のロシア2大都市短訪

   
冬宮殿の部屋と広間

クジャク石の間


青山貞一 Teiichi Aoyama  
池田こみち Komichi Ikeda
掲載月日:2017年5月30日
独立系メディア E-wave Tokyo

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 ・エルミタージュ冬宮(本館)の主要施設
   
ヨルダンの階段       大玉座の間     紋章の間
   マーシャル将軍の間   軍事の間       大教会     
   アレクサンダーの間    白色の大広間    黄金の応接間
    クジャク石の間       アラビアの間    ネヴァ河3広間 
   コラス1世円形の間    私的居住空間    庭園   コンサートホール


◆サンクトペテルブルグ(Saint Petersburg)
  
サンクトペテルブルク歴史地区と関連建造物群

  



クジャク石の間


冬宮殿内のクジャク石の間の位置
Source:Wikimedia Commons


クジャク石の間(マラカイトホール)の写真
Source:Wikimedia Commons
By Konstantin Ukhtomsky, Domain Awam, Link


 サンクトペテルブルグ、冬宮殿のマラカイトの間は、皇帝ニコラス1世の妻である皇后アレクサンドラ・ヒョドロブナのため、公的な応接室/接見室(レセプションルーム)として、1830年代末期に建築家アレクサンダー・ブリュロフ(Alexander Briullov)が設計しました。

 1837年の火災によって焼失した、碧玉の間に替わって建てられた部屋です。

Location of the Malachite Room within the Winter Palace

 この部屋の名前は、柱と暖炉にマラカイト(孔雀石)を使用したことから付けられました。この広いサロンにはピーター・ギャム(1802~1871)の工房で作られた大きなマラカイトの壺(或いは瓶)と、家具が備えられていました。

 ピーター・ギャムは1837年の火災の際に救出された家具職人、ハインリッヒ・ギャムの息子に当たります。

 帝政時代、マラカイトの間は、宮殿の大広間とプライベート用の部屋を繋ぐ部屋であり、皇后の公的な書斎であるばかりでなく、皇帝一家が公式な行事の前やその合間に集まる場所でもありました。

 ロマノフ家の花嫁達は、伝統的な皇后の衣装を着て、この部屋に続くアラビア広間を通って、大教会での結婚式に向かいました。

 1917年6月から10月の間、この部屋はロシア暫定共和国の政府が置かれました。1917年11月7日の夜の間に宮殿には嵐が起き、政府の要人達は捉えられ、隣の私的な食堂に拘束されました。

 現在、国立エルミタージュ美術館の一部として、この部屋はオリジナルの装飾を取り戻しています。

クジャク石の部屋ギャラリー


クジャク石の間(マラカイトホール)の写真
Source:Wikimedia Commons
By Vitold Muratov - Own work, CC BY-SA 4.0, Link



クジャク石の間(マラカイトホール)の写真
Source:Wikimedia Commons
By Chatsam - Own work, CC BY-SA 3.0, Link



クジャク石の間(マラカイトホール)の写真
Source:Wikimedia Commons
By Chatsam - Own work, CC BY-SA 3.0, Link



クジャク石の間(マラカイトホール)の写真
Source:Wikimedia Commons
By Enrique Vázquez from México - DSC00958, CC BY 2.0, Link



クジャク石の間(マラカイトホール)の写真
Source:Wikimedia Commons
Par ChatsamTravail personnel, CC BY-SA 3.0, Lien



ロシアの切手、2004年1月27日発行。絵は左から右へ:「石の花」(ダニーロと銅山のMistress)、「クジャク石の宝石箱」(Mistress and Tanyushka)、「金髪」(狩人Ailypとその恋人Golden hair)。(これらはいずれもおとぎ話を題材にしたもの)
Source:Wikimedia Commons


つづく