Dioxin Bulletin & Review NO.3 10 June 1999 より

「松の針葉」を環境指標とする住民参加によるダイオキシン全国調査についての提案

株式会社 環境総合研究所
(東京都 品川区)


 本研究報告の著作権は、環境総合研究所(東京都品川区)にあります。
複製、転載することを禁じます。

1.ダイオキシン汚染の環境指標について

 全国規模で地域、地域のダイオキシンの汚染状況を住民参加により測定分析、解析、情報提供する際に、もっとも大切なことは、より少ないサンプルで、より正確に、地域のダイオキシン濃度を把握することにあります。

@ 少ないサンプルで地域全体の濃度をどう把握するか(=地域代表性の確保)
A 少ないサンプルで年間などの濃度をどう把握するか(=長期平均値の確保)

 上記を具体化するためには、何を環境指標(ものさし)に選ぶか、が大きな問題となります。但し、自分が住んでいる地域の周辺に

@ 一般廃棄物あるいは産業廃棄物の焼却施設があるかどうか
A 一般廃棄物あるいは産業廃棄物の焼却灰、飛灰の処分場があるなどうか

も課題となります。 


(1)環境大気

 ダイオキシン類の発生源の大部分は、廃棄物の焼却にあります。したがって直接大気中のダイオキシン類を測定分析できれば理想的です。しかし、大気中のダイオキシン濃度は、さまざまな要因によって著しく変化することから地域の平均的かつ長期平均的な濃度を測定分析することはそれほど容易ではありません。

 現在、大気中のダイオキシン汚染は、国、県、市などの行政機関が夏、冬それぞれ1回(あわせて最大4日程度)測定分析を行っています。しかし、大気中に含まれるダイオキシンは、気象条件(風速、風向、日射量、放射収支量、雲量など)や排出条件(焼却量、燃焼温度、燃焼管理状況、焼却廃棄物の種類など)により著しく変化することから、地域を代表する長期平均的な汚染状況を把握することは極めて困難であると言えます(*1,*2)。

注(*1) 排出源からの距離が一定の場合、ダイオキシン類の大気中の濃度は、排出量(Q)に比例し、風速(U)に反比例する。したがって、測定時の風速(U)や排出量(Q)によって環境大気中のダイオキシン類の濃度は著しく変化する。たとえば窒素酸化物(NOx)のような大気汚染物質では年間を通じ24時間×365日=8760時間分の大気中の濃度の実測データをもとに平均値を出し評価を行っています。
注(*2) 従来のハイボリュームサンプラーを用いた大気中のダイオキシン類のサンプリングにおけるダイオキシン類の捕捉率は、かなり低いことが最近の宮田教授らの調査で分かりつつあります。


(2)水

 廃棄物の焼却施設から排ガスとして環境中に排出されたダイオキシンは、最終的に土壌や水に沈降します。しかしながら、ダイオキシンは水に溶けにくく、大気同様、水象条件(流量、流速など)によって著しく濃度も変わることから、水中のダイオキシン濃度を測定分析することにより地域の長期的な汚染状況を把握することは大気以上に困難となります。


(3)土壌

 では土壌はどうでしょうか?  日本ではここ数年来、土壌中のダイオキシン測定分析が大規模に行われるようになってきました。土壌中のダイオキシンの測定分析は、生物中のダイオキシン測定のように技術的にそれほど難しいものではありません。しかもどこでもサンプリングが可能という利点はあります。しかし、土壌中のダイオキシンは、

@ サンプリングのポイントにより著しく濃度が異なる。
A サンプリング方法によっても濃度が異なる。さらに
B 土壌表面のダイオキシンは紫外線などにより分解される。
C 農地では耕作などにより土壌の状態がかなり変化する

ことなどから必ずしも理想的な環境指標とは言えません。


(4)植物

 ここ数年の調査研究から、植物は大気中のガス状及び粒子状のダイオキシンを炭酸同化作用により気孔から組織内に取り入れ、植物によっては、ダイオキシン類を組織内に蓄積することが分かってきました(*3)。

 このような植物の性質を用いれば、地域に排出された大気汚染化したダイオキシンを、より正確にしかも長期平均として把握することが可能となるはずです。また、近くに焼却施設や処分場のあるナシより、ダイオキシンの濃度がどうなるかについてを正確に把握することも可能となるはずです。

注(*3) ・宮田秀明、所沢野菜の安全宣言に疑問、週刊金曜日、1999.3.12、第258号
・宮田秀明、ダイオキシン、岩波新書
・青山貞一他、環境総合研究所、ダイオキシン汚染と農作物に関する自主研究(中間報告)



2.「環境指標」選定のための事例調査

2−1 事例調査の目的

 環境総合研究所(ERI)では、所沢周辺地域を対象に、ダイオキシンの汚染状況を総合的に把握するための「環境指標」に関する事例調査を行ってきました。

ERIが所沢周辺地域を事例の対象地域を選定した理由は、所沢周辺地域は、ダイオキシン類発生源データ及び大気、土壌などの測定分析データが比較的整備されていることがあります(*4)。

注(*4) 青山貞一他、ダイオキシン汚染と農作物に関する自主研究(中間報告)
青山貞一他、ダイオキシン汚染自主調査研究、−その目的と基本的立場について−

(1)相対濃度

 表2−1は、環境庁及び宮田秀明摂南大学薬学部教授が実施したダイオキシン調査から、所沢市及びその周辺地域の土壌及び松の針葉中のダイオキシン類の濃度を示したものです。      

表2−1埼玉県の土壌、植物中のダイオキシン類の濃度

単位:pg-TEQ/g
対象地域 土壌 松の針葉
秩父    7.5   2.3
熊谷   28.6   8.7
戸田   23.5  15.0
川口/草加   17.2  18.0
川越/所沢/狭山   94.5 (*5)  24.0 (*6)
所沢市内 (*7)  140.0 (*7)
所沢市内 〜218 (*8)
所沢市内 〜448 (*9)
所沢市内 30〜60(*10)
* 出典:環境庁平成9年度ダイオキシン類の総合パイロット調査結果について
注(*5) 土壌は6検体の平均値。
注(*6) 狭山市上赤坂で採取したもの。
注(*7) 環境庁が測定した所沢市内の最高値
注(*8) 宮田秀明摂南大学測定分析、平成7年12月5日
注(*9) 宮田秀明摂南大学測定分析、平成10年2月24日
注(*10) 宮田秀明摂南大学測定分析、平成11年3月7日
 ERIでは、表2−1の濃度データと過去実施してきました所沢周辺地域の廃棄物焼却施設(一般、産廃など)の発生源の位置、排ガス量、ダイオキシン発生量、煙突高などのデータを用いたコンピュータシミュレーションによって得られた大気中のダイオキシンの濃度を比較分析しました。これにより、所沢周辺地域における「土壌」や「松の針葉」に含まれるダイオキシンの濃度と大気中の濃度との相互関係が分かります。

(2)同族体パターン

 次に「松の針葉」中に含まれるダイオキシンの同族体パターンと、焼却施設の排ガスに含まれるダイオキシンの同族体パターン、さらに葉菜やお茶などの農作物中に含まれるダイオキシン類の同族体パターンを相互に分析してみました。

図2−1所沢産廃焼却施設排ガス

出典:所沢市内産廃事業者から提供


図2−2 所沢市内の農作物

 出典:環境総合研究所測定分析


図2−3所沢周辺地域における松の針葉

  (出典)環境庁、平成9年度総合パイロット調査

 図2−1は、ERIが入手した所沢市内の産廃焼却施設からの排ガス中に含まれるダイオキシンの同族体パターンです。図2−2は、ERIが測定した所沢市内の農作物(葉菜)中のダイオキシンの同族体パターンです。さらに、図2−3は、環境庁が測定した地域の「松の針葉」中のダイオキシンの同族体パターンです。


2−2 分析結果の概要

(1)相対濃度

 所沢周辺地域には廃棄物焼却施設が多く立地されており、ERIのコンピュータシミュレーションでは、年平均レベルの長期平均値濃度で見ると、所沢周辺地域は相対的に大気中のダイオキシン類の濃度が高いことが分かります。

 一方、環境庁が平成9年度に実施した「松の針葉」や「土壌」を環境指標としたダイオキシン類濃度の測定分析結果をみると、シミュレーションにおいて大気濃度が高い川越・所沢・狭山などの地域において「松の針葉」中のダイオキシン濃度が高いことが分かります。たとえば、大気汚染濃度で未汚染地域に近い「秩父」に比べ所沢周辺地域(狭山市赤坂)では10.4倍も高いことが分かります。また、所沢市内についても、宮田教授の所沢市内の「松の針葉」中の濃度が、30〜60pg-TEQ/gの範囲にあり、未汚染地域の秩父と比べ最大26倍も高いことが分かります。

 このように、ダイオキシンの大気濃度が高いところでは、松の針葉の濃度が高いことが分かります。つまり要約すれば年平均値で大気濃度の高い地域の植物、ここでは「松の針葉」中のダイオキシン濃度は高いことが分かりました。

(2)同族体パターン

 図2−1から図2−3の同族体パターンから、これら廃棄物焼却炉排ガス、松の針葉、農作物3つのダイオキシンの同族体パターンは、基本的によく似ていることが分かります。

 「農作物」と「松の針葉」のパターンで若干異なっているのは、ダイベンゾ・ダイオキシンの第8塩化物です。第8塩化物は農薬、除草剤など農薬系由来のものが多いとされています。「松の針葉」には、通常、農薬、除草剤が散布されることは少なく、逆に農作物(葉菜)には農薬、除草剤などが散布されることが多いことによる影響と考えられます。


2−3 松の針葉を環境指標とする

以上、「松の針葉」を環境指標とすることの科学的根拠について述べてきました。

 クロマツ、アカマツは、日本人に親しまれている植物であり、住民、国民にその存在が認識されている植物です。クロマツ、アカマツなどは、ほぼ日本全土に広く分布しています。さらに針葉樹ではあっても1年に一度新芽が出ることから経年を追って汚染状況を把握するのに適していると言えます。このように、全国に広く分布する松の針葉を年に1度、経年を追って住民参加により調査することの意味は大きいと考えます。

 宮田秀明教授も「松の針葉」を指標としたダイオキシン類の測定分析について、週刊金曜日(第258号)にて次のように述べています。

 「野菜は、大気と土壌に含まれるダイオキシン類によって主に汚染される。ホウレンソウなどの葉物は、大気中の炭酸ガスを気孔から取り入れて自分たちの体をつくるため、大気汚染濃度が重要な意味をもつ。

 大気中のダイオキシン類の濃度は日によって50〜100倍も変わるため、平均濃度を正確に測るには年間50回の測定が必要とされている。だが、クロマツの葉を使えば、1回の測定で住む。松葉中の蓄積濃度は、周辺大気の平均濃度を反映しているからだ。別表のとおり、私たちの調査では、所沢市では他の地域の最高濃度よりも3倍高い値が検出されている。なお、この調査では、ダイオキシンと似た構造と毒性を持つコプラナーPCBを含めて測っている。また、別表(略)のとおり土壌汚染も極めて深刻になっている。これほどクロマツの汚染濃度に差があるのだから、野菜類の汚染に同程度の差があっても不思議ではない。だからJA所沢市は調査したホウレンソウの採取場所を公表すべきだったし、最も汚染がひどいと思われる地域のホウレンソウを調べる必要がある」

 さらに、環境庁も「松の針葉は、過去数年間の大気状況を反映する指標として調査を行った。クロマツの2年葉以上の古葉を採取して測定した」としています。

このように「松の針葉」に象徴される植物は、 <地域代表性>と<蓄積状況>を同時に示す主要な環境指標であると考えることができます。



3.住民参加による測定分析と解析、情報提供共有についての提案

 環境総合研究所(ERI)は、多くの方々から住民参加により各地のダイオキシン汚染状況を的確に把握するための方法を模索してきましたが、ここに「松の針葉」を環境指標とした全国調査を提案します。

(1)社会的特徴

@ 住民ひとりひとりが調査に参加できること、
A 住民ひとりひとりの経済的負担が大きくないこと、
B 測定分析が参加した住民により共有できること、

 提案する方法では、自分が住んでいる地域の「松の針葉」を各自10gから20g程度サンプリングし、測定分析負担費・カンパとともに事務局に送ります。事務局は地域(あるいは市町村)単位にサンプルを集約し、ひとつのサンプル(約100g)とします。したがって、参加者ひとりひとりの経済的負担は少なく、しかもサンプル提供者となれます。

(2)技術的特徴

@ 持ち寄ったサンプルが地域代表性をもつこと
A 持ち寄ったサンプルが長期平均性をもつこと
B 得られた複数の点データから地域全体の面データ汚染状況が得られること、
C インターネットのホームページを利用して住民が居ながらにして情報を共有できること

 @、Aについては、すでに述べてきました。
 Bについては、スプライン補間法(Spline Method)を用いることにより複数の地点で測定分析したデータから地域全体の濃度分布を解析表示することが可能となります。

 図4−1は二酸化窒素大気汚染(NO2)にこのスプライン補間法を適用した例を示しています。具体的には+の位置に濃度の数値データを入れ、補間計算にかけることにより地域全体の濃淡が解析されます。図の例は埼玉県全域における二酸化窒素濃度の例です。この方法を「松の針葉」中のダイオキシン濃度測定結果に用いれば、地域的に部分的なデータから地域全域の汚染状況を推 定することも可能です。

 Cは測定分析結果の全国規模で市民、住民、消費者、国民が共有化です。測定分析結果は事務局経由で参加者に送られるとともに、インターネットのホームページの地図上に数値だけでなく濃度図として示すことが可能です。これにより全国各地、どこからでも各地のダイオキシン汚染状況が居ながらにして見ることができ、情報の共有化が計れます。

図4ー1 スプライン補間法による解析例

株式会社 環境総合研究所 作成



       図4−2 調査のフロー(例)

平成11年度開始
@ 住民参加の「松の針葉」のサンプリング
(例:10g単位×100人、ひとり参加料・カンパ)
※誰でも、どこでも参加が可能!
A 地域毎にサンプルの集約化(約100g単位)
※コープ、生協、NGOなどがリーダーとなる!
B ダイオキシン類の測定分析(環境総合研究所/Maxxamなど)


環境総合研究所が責任を持って測定分析、解析補間計算,WWW化を担当する!

C 測定分析データの数値データベース化(環境総合研究所)
D データ解析・スプライン補間計算(環境総合研究所)
E グラフィック地図化(環境総合研究所)
F ホームページ化(環境総合研究所)
※全国どこからでもデータが分かりやすく見られる!
次年度へ


4.測定分析運動への参加を!

 ダイオキシン汚染大国と呼ばれる日本の汚染状況を住民参加により的確に知り、今後の対策に生かして行くために、ぜひ、全国各地で「松の針葉」を用いたダイオキシン測定分析運動(調査)への参加を期待します! 

御連絡は、以下まで

参加お申し込み、
参加に関するお問い合わせ:

生活クラブ生協連合会 自主管理監査推進室
担当:中村 秀次

TEL: 03-5285-1872
FAX: 03-5285-1837

E-mail: XLN06321@nifty.ne.jp

環境総合研究所 担当者:

池田こみち、鷹取 敦

TEL 03-6421-4610, FAX 03-6421-4611
E-mail: office@eritokyo.jp


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