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「自白」関連記事(2)

「週刊ポスト」 2001.5.4・11

2006年11月19日


白衣の恋人(元同僚看護婦)が語る
「急変の守」の真相

さらに新証言&往復書簡公開 

 本誌前号(4月27日号)で沈黙を破り、初めてマスコミのインタビューに応じた守大助被告の恋人が語る彼の素顔は、こrまで伝えられてきた人物像とは明らかに趣を異にしている。「動機なき殺人」と定義される今回の事件。恋人の証言は、事件検証において何より重要な意味を持つ――。

事件がはらむ「4つのシナリオ」

「私なりに冷静に、考えてみたんです。でも、怪しい様子を目撃したこともないし、動機もまったく思い当たらない。やはり無実としか思えないんです」

 そう語るのは、仙台市内の北陵クリニックに勤務していた元看護婦の山下ユリさん(仮名・37)。同クリニックを舞台とした筋弛緩剤殺人事件の犯人とされる元准看護士・守大助被告(29)のかつての同僚であり、婚約者でもある。

 現在、守被告は殺人を含む5件の容疑で逮捕され、うち4件はすでに起訴されている(4月18日現在)が、本人は犯行を否認しており、弁護団も「冤罪である」と強く主張、警察・検察側との対立を深めている。

 事件の真相追及のためには、まず、考えられる限りの可能性を想定し、洗い出さなくてはならない。この事件の場合には、以下の4つのシナリオが仮定される。

 第1は、守被告がすべての事件の真犯人であるとする説である。いうまでもなく捜査当局はこの立場に立っている。第2は、一部の事件は守被告の犯行によるものだが、すべてではない、というシナリオ。残りの事件は別の犯人による犯行か、もしくは医療事故や病変であるという説である。第3に守被告はまったくのシロであり、患者を殺害しようと企てた真犯人は別に存在するという説。そして第4のシナリオは、守被告はシロだが、真犯人もいないという説。即ち、殺人ないし殺人未遂事件とされているものは、医療事故や病変によるものであって、事件性はもともとないという見方である。

 事件の真相に迫るためには、仮定されるこれら4つのシナリオを、様々な角度から検証し、消去法によって絞り込んでいかなくてはならない。検証すべきポイントは、多岐にわたる。

 守被告の犯行動機は何か、彼はどんな人物なのか。犯行の証拠は間違いなく存在するのか。犯行の目撃証人は実在するのか。他に犯人がいる可能性はないのか。犯行の目撃証人は実在するのか。他に犯人がいる可能性はないのか。そして、事件の舞台となった北陵クリニックの医療現場や経営は、どんな状態にあったのか――。

 最初の起訴からすでに3か月経つにもかかわらず、依然、公判は開かれていない。しかも、検察による起訴状を読んでも、それらの疑問は一向に明らかにされていないのだ。

 だからこその「冤罪疑惑」なのであり、私たちは今後、こうした点について回を重ねながらひとつずつ確かめていく。今回は、守大助という人物に焦点をあて、彼の動機を探ることとする。

 守被告が逮捕された1月6日から、約1か月の間に流された報道によって、「好青年の仮面の下に、もうひとつの悪魔の素顔が隠されている」というマス・イメージが形成されていった。

 守被告の犯行への関与と動機をほのめかす初期報道は、整理すると以下の8点となる。

<1>守被告が当直の時に、患者の容態が急変する確率が高かったため、「急変の守」と呼ばれていた。
<2>歩けない患者に対して「散歩したら?」などと心ない言葉を吐くなど、冷酷な一面をあわせもっていた。
<3>准看護士のため給料が少なく、待遇面に不満があった。
<4>半田郁子元院長(当時副院長)との人間関係がうまくいっておらず、困らせようと目論んでいた。
<5>応急処置ができるかどうか、医師の腕を試そうとした。
<6>人の注目を集めたかった。
<7>白衣を着て、医者気取りだった。
<8>女性関係でトラブルを抱え、精神的に不安定だった。
 ユリさんは語る。

「これらの報道はいずれも歪められて伝えられたものといわざるを得ません。彼が犯人だという仮定のもとに作られた人物像だとしか思えない」

「なぜ自分のときに急変が……」

 まず<1>の「急変の守」という同僚職員らの風評について。これは初期報道において、守被告の犯行を裏打ちするもっとも象徴的なエピソードとして多くのメディアが取り上げた。

 しかし、ある元職員は、「守くんが急変にあたることが多かったのは、別に不思議ではない」と振り返る。

 「患者が夜間に急変することが多いのは、医療の世界では常識です。北陵クリニックには既婚者で子持ちの看護婦が多くて、10名あまりいる看護スタッフのうち、夜勤ができない人も数名いました。

 だから、独身男性の彼に夜勤の割りあてが多くなるのは自然なこと。そして夜勤が多くなれば、急変に出くわす確率も高くなる。それだけのことですよ」

 公私ともに守被告の「素顔」を知るユリさんは、同僚には見せなかった守被告の胸の内について、こう語った。

「シフト上の問題だから仕方のないことだったんですが、守くんは、確かに急変にあたることが多かった。でも、本人はそのことを彼なりに悩んでいました。『何で自分のときに、急変が起こるのかな』って。自分に不手際はなかっただろうか、などとくよくよ思い悩んでいたんです。

 私も、新人の頃は同じように悩みました。その頃、先輩の看護婦から『自分が担当のときに、患者さんが急変して、亡くなったら、それは患者さんがあなたに最期を看取ってもらいたくて、あなたを選んだのよ』と、いわれたことがあるんです。その言葉を思い出して彼を慰めたら、『う〜ん、でもなァ……』と、割り切れない様子でした。

 彼は急変の際には、看護スタッフの中で最もテキパキと処置できる人でした。やはり男性ですし、皆から頼りにされていたんです。担当外の病棟患者の急変の際に呼ばれることも多かった。

 誰よりも積極的に急変患者の応急処置にあたっていた彼が、今になった逆に『急変の守』なんて中傷されるなんて、本当に悲しいし、悔しいです」

ユリさんは流布された守被告のイメージを、ひとつひとつ覆していった。

「患者さんへの態度(<2>)についてですが、歩けない60歳前後のある患者さんに『散歩したら?』といったのは、事実です。でもそれは、ご家族がお見舞いに来ていたので、車椅子を使って屋外に出て、外の空気を吸ってきたら、という意味でいったんですよ。その言葉を『歩けないとわかっているのに、散歩したら、と嫌がらせをいわれた』と、悪く受け取られてしまったんですね。言葉足らずのために、患者さんの気持ちを傷つけてしまったことで、彼はすごく落ち込んでました」

 待遇面(<3>)や半田郁子元院長との関係(<4>)はどうだったのだろうか。ユリさんは、こう続ける。

「北陵は全体に給料が安かったし、彼だけが特別に不満に思っていたわけではないと思います。夜勤が多かったから、手当が付いて、月額20万円以上はもらっていました。北陵の看護スタッフの中では、もらっている方ですよ。

 彼は郁子先生の夫の半田康延・東北大教授に引き抜かれて北陵へやってきたという経緯もあり、半田教授のことはすごく尊敬していました。また、郁子先生にも、彼は気に入られていました。困らせてやろうなんて、絶対に考えていませんでしたよ」

 急変をわざと引き起こして、医師の腕を試そうとした(<5>)、という話については、苦笑してかぶりを振った。
「試す必要なんてない。郁子先生が、急変のときの応急処置の気道確保が不得手であることは、病院内の誰もが知っていたことですから」

 人の注目を集めたかったのではないか(<6>)という疑い、さらに、白衣を着て医者気取りだった(<7>)という情報も、ユリさんは一笑に付す。

「彼には敢えて目立とうとする必要性など、まったくありませんでした。女性の看護婦ばかりの職場に、若い独身男性は彼一人なんですから、自然と注目が集まるんですよ。

 彼は田村正和のモノマネをしたりして場をなごませるなど普段から目立っていましたから。白衣を着ていたのは単に寒かったから。看護婦はカーディガンを羽織ったりしますが、看護士には白衣しかないですから」

 残るのは、女性関係のトラブル(<8>)である。雑誌記事の中には、守被告と2児の子持ちで離婚歴のある女性との関係に言及した記述が見られた。ユリさんはこう語る。

「その女性は、私と付き合う前に、守くんが付き合っていた女性です。

 警察に事情聴取されたときにも、彼の女性関係のことを聞かれました。たしかに私と付き合い始めた後にも彼が病院内の看護婦と浮気をしたことはあった。でも、浮気がバレたのは昨年の12月で、彼はクリニックを辞めさせられた後でしたから、それが動機になることはあり得ない」

「1月6日の朝に戻りたい」

 ユリさんの守被告への愛情は、現在も変わることはないという。2人は、拘置所の灰色の塀越しに、ラブレターのやりとりを続けている。

 2月24日付の守被告からユリさん宛の手紙――。

<なぜ1月6日に「(A子ちゃん殺しを)やりました」と言ってしまったのか?……本当に変だよね! 僕はやってないのになんで? でも(弁護士の)先生達と会えたので否認、黙秘することができました。(中略)かならず、無罪なんだ! やってないんだからさ!! そしたらかならず結婚してくれますか? 僕は毎日そのことだけ考えています!! 本当に愛してます。(中略)ついさいきん、山下ユリと別れろ! と言われたけど「ぜったい別れない」と一番大声で言ったらわらわれた>

 ユリさんからの返事――。

<もうすぐ2月も終わりだね。今日(2月25日)アパートのカギを返してきました。からっぽの部屋……。1月6日の朝に戻りたい。そしてそのまま時間を止めてしまいたい。大助との2人の生活に戻りたい。
 大助に会いたい!
 大助に会いたい!!(中略)
 大助のこと大好きです。大助が精一杯生き続けてくれれば私も生き続ける事できます。1日でも早く一緒に生きていくことのできる日が来る事を祈っています>

 3月9日、3回目の起訴と4回目の逮捕。護送される際、守被告は毛布をかぶらず、面をあげて顔をカメラの放列の前にさらした。その姿を見たユリさんからの手紙――。

<風邪ひいてない? 大丈夫? 3回目の逮捕・送検されちゃったね。テレビでコートをかぶっていない大助の姿見たよ。”ヨシ! いいぞ! 堂々としていなさい!!”って思ったよ。(中略)
 ずーっと前に話したの覚えてるかな? 「大助が私の事好きじゃなくなって離れて行ったとしても、私はずっと大助の事好きでいるよ」って。大助も同じような事言ってくれたけど私、会えなくたって何年でも大助の事好きでいられるからね>

 獄中では厳しい取り調べが続いている。守被告がしたためた獄中日誌によれば、連日、取調官から「人殺し」「死刑」などの言葉が投げつけられているという。守被告は、「もう死にたい」「耐えられない」「早くラクになりたい」と、自殺をほのめかす記述を、幾度となく日誌に書き残している。
 3月24日付のユリさん宛の手紙――。

<こんな生活もうイヤです。(中略)「山下ユリのこと思ってるなら別れろ」「山下ユリも2〜3ヶ月でオマエから離れてく」とか、かってなことばかり言ってきます。そのつど「大丈夫です」と言ってる! いいよねユリ。「安らかに死刑受けろ」と何回言われてるか! やってないのにひどい!(中略)
 今後、本当に僕は大丈夫なのかな? 心配です。やってなくても死刑になりそうです。先生、ユリ、助けてね……>

 手紙のコピーを私たちに預ける際、つとめて冷静に振る舞ってきたユリさんが、こらえきれずに涙をこぼし、声を震わせてこう語った。
「彼は連日、刑事さんや検事さんから『死ね!』とか『人殺し!』とか、『必ず死刑にしてやる!』とか、ひどい言葉を浴びせられている。もし、彼が本当に無実だとしたら、こんなことが許されるんでしょうか。こんなひどいことが、この世にあってもいいんでしょうか。
 彼からの手紙や彼の書いた日誌を読むと、かわいそうで、かわいそうで、もう涙が止まらなくなるんです……」

(以下次号)