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公共工事の諸問題
予定価格の原点から考える
その4
「予定価格」の在り方について

阿部 賢一

2006年7月31日


1.「予定価格」とは

建設省中央建設業審議会の『中建審建議建設工事の入札制度の合理化対策等について(第二次建議)』(昭和58(1983)3)の中で、「予定価格は、標準的な施工能力を有する建設業者が、それぞれの現場の条件に照らしても、最も妥当性があると考えられる標準的な工法で施工する場合に必要となる経費を基準として積算されるもの」と書かれている。

標準的な工法とは一般的に普及した工法や一定の数の企業が施工できることを前提としている。

そのためにさまざまな「……工法協会」という、「一定の数の企業が施工できる」ようにするために仲間を増やす目的で、他国にはない談合の温床と指摘されるような組織が多数存在するのもわが国の特徴である。

その目的は「工法の普及を図り社会に貢献する」としている場合が多い。米国では、そのような「工法協会」は談合組織と看做されるようだ。工法協会というのはいかにも日本的な組織だ。現在は「談合」摘発の標的からは外れているが、そのうち出てくる可能性もある。

「標準的」ということは、「普通の能力のある請負業者ならば、極端な言い方をすれば、誰にでもできる」ということである。技術開発や現場マネジメントの改善を積極的かつ意欲的に進める請負業者が開発した革新的な技術やノウハウ、マネジメント、それらについての多様な提案を発注者が受け入れるものということにはならない。

わが国は「出る杭は打たれる」社会であり、「出る杭を寄って集ってつぶす」社会である一面がこんなところにも露呈する。一人勝ちを許さない「横並び意識」の仲間内社会である。

公共工事であるがゆえに、「先駆的な工法」を開発して他の業者を引き離し断然トップで一社独占受注となるのはだめで、同じ工法ができる業者に機会均等を与えるというのが、「標準」という言葉に込められた発注者側の言い分のようだが、「公共工事」ということで「機会の公平化」を強調するうちにそれが既得権化に進む。

「標準的」ということで、公共工事を受注しようとする建設業者にとっては、予定価格内で施工することは十分可能な契約予定金額であるというのが発注者の主張である。それゆえ、「予定価格の上限拘束性」という仕組みをつくる。

発注者は、「予定価格」を超えた入札者を無条件で失格にする。入札者全員の「入札価格」が発注者の「予定価格」を超えれば、入札は不調となる。入札者は従来、何回も「予定価格」以下の「入札価格」を提出するまで、バナナのたたき売りを強いられたが、それではひどいと、現在では二回戦まで行われる。

「予定価格」の秘密を守るのは、予決令第79条の「予定価格を記載した書面を封書にし、開札の際これを開札場所に置かなければならない」を根拠にしている。予決令にははっきりと「予定価格の秘密を守れ」とはどこにも規定していない。

これまで何回も引用したが『平成四年改訂版官公庁契約精義』の予定価格の秘密についての記述を再提する。


「封書とするのは外部に漏れないようにし、入札後これを公開の場所において開披して、落札価格を決定することによって、競争手続の公正さを確保しようとするものである。しかし、このことは、予定価格を公表することを意味するものではないことは後述のとおりである。--------223p

予定価格は、開札後においても落札決定まで公開されるべきでないことは、いうまでもない。これは開札後落札者がないため再度入札に付する場合、また、さらに公告して入札を実施する場合、あるいは、その予定価格の範囲内で随意契約をする必要がある場合もあって、それに備える必要があるからである*

落札決定後において予定価格を公開することはどうか。この場合においても、予定価格を公開すると、その後における契約の履行及びその後のほかの競争入札の執行上弊害を伴うおそれもあるので、落札後においても予定価格は秘密にすべきであろう。----251252p

出典:高柳岸夫・村井久美共著『平成四年改訂版官公庁契約精義』建設綜合資料社刊 

* 1回目入札で入札者の入札価格が予定価格を超えて不調になると、二回戦へ進む。それでもだめだと、随意契約へと移行する。米国や英国の場合、同じ内容での再入札で、このようなバナナの叩きあいはありえない。再入札する場合は、内容[Scope of work]を変更する、一部を削減あるいは仕様を下げる。

『平成四年改訂版官公庁契約精義』のこのくだりを読むと、随分と回りくどい官僚的かつ独善的とも思える苦しい説明に終始しているが、著者は会計検査院の現職とOBである。「予定価格」の秘密保持と「競争手続の公正化」を無理やり結び付けている。

筆者は「予定価格の公開」(コスト情報の公開)が「競争手続の公正化」になると考える。

現に「コスト以外の評価」の比重がどんどん高まる傾向にある。

加えて、施工業者側の積算能力も向上している。積算根拠となる発注者(官側)の積算資料(「建設工事等設計材料単価」「公共工事設計労務単価」「積算基準および標準歩掛かり」等)の公開が進み、パソコンの積算ソフトが充実してきたことで、「予定価格」を推定することも容易になった。

土木学会の意見交換広場『公共事業の契約を価格だけで決めて良いのか』では、落札率問題に絡んでこのことが現場技術者に指摘されている*

* http://jsce.jp/article.pl?sid=05/07/19/1044252&mode=nested

括弧内の後半部分については、『公共工事の入札及び契約の適正化を図るための措置に関する指針』(平成18523日閣議決定)の記述にも盛り込まれ、目立つように下線まで引いてある。

多様な入札契約方式が試行・実施される中で、国はいつまで「予定価格」の秘密保持にこだわるのだろうか。

発注者の技術とコストの優位性は民に比べて相対的に下がっている現実を認める必要がある。

「予定価格」についての先進各国の状況を要約したものを下記に紹介する。

資料:【欧米諸国の予定価格制度】

米国(連邦)=日本のような予定価格は存在しない。

△政府予算見積もりである予定工事費が存在。

この予定工事費を超える場合でも落札決定される場合がある。

米国(州等)=予定価格は存在しない。

△予定工事費が存在。これを超える場合も落札決定する場合がある。

△サンフランシスコ市では、予定工事額を超した場合でも落札決定できるが、財源がない場合、あまりに高い場合には入札不調にすることができる。

イギリス=予定価格は存在しない。

△予定工事費を超える場合でも落札決定される場合がある。

△各発注者においては、予定工事費超過率に応じて決定権者が異なる。

フランス=競争入札方式(総発注件数の0.8%、1995年実績)においては、契約価格の最高限度が定められる(日本の予定価格制度に類似)。

△提案募集方式(総発注件数の過半を占める、1995年実績)においては、日本のような予定価格は存在しない。ただし、例えばオードセーヌ県では、積算価格を超えた提案は受け付けない

ドイツ=日本のような予定価格は存在しない。

△予定工事費を超過した場合、審査の上、落札決定する場合がある。

VOB/A編には、不当に高い価格の入札に対しては落札を与えない、との規定がある。

出典:揺れる入札制度予定価格『公表』の波紋

欧米諸国では「予定工事費」で拘束性なし

日刊建設工業新聞------2002/4/17掲載

わが国の「予定価格」とは一体何なのかという「予定価格の在り方」の見直しが必要である。

 予定価格の元になっている「設計書金額」が仕様書・設計書にもとづいて算出される。請負業者側の施工能力向上で、現在では自主施工の原則*が主流となっている。請負業者は、原則として、発注者が設計図書で示した施工方法が参考工法であれば、自主的に任意に施工方法を選択して施工できる。すなわち、発注者が「施工方法」を指定していない場合は、請負業者が、自らの技術と経験にもとづいて独自に得意な施工法で工事費を見積して、「入札価格」を提出し、落札契約すれば、それで施工することができる。その場合、その責任は当然ながら請負業者が負うことになる。

* 公共工事標準約款第1条第3

 「3.仮設、施工方法その他工事目的物を完成させるために必要な一切の手段(「施工方法」という)については、この約款及び設計と書に特別の定めがある場合を除き、乙(請負業者)がその責任において定める。

内閣行政改革委員会『今後の行政改革の方針』(平成16年12月24日閣議決定18年6月16日一部改正)で提案された多様な入札契約方式、具体的には「総合評価方式」「VE(入札時、契約後)方式」、「設計・施工一括発注方式(DB)方式」「ネゴシエーション方式」「CM方式」「PFI」などは、現在、国交省がすでに試行あるいは実施しているが、いずれも上述の「予定価格の在り方」が現行法令上の解釈では問題がある。

例えば、「設計・施工一括発注(DB)方式」では、従来の方式に比べて、設計図の完成度は約30(だから設計・施工一括発注方式なのだが)、基本設計図段階のものが提示されるのが通例である。発注者がそれ以上の詳細図面を出したのでは、「設計・施工一括発注方式」ではない。施工するための「設計図」は受注者が作成し、発注者が承認して施工するというプロセスになる。受注者の作成する「設計図」には、当然ながら、その受注者の様々な技術やノウハウが活用され盛り込まれることになり、「標準施工法」以上の「革新的」な「施工法」を期待される。

設計図の完成度が約30%程度では「予定価格」は概算的なものとなり、精緻な「予定価格」算出は到底難しい。

どうやって見積するのだろうか。設計・施工一括発注方式では、「標準施工法」で作成した「予定価格」には意味がない。

多様な入札契約方式は、民間(請負業者)のノウハウを存分に生かすための方式であり、「標準」とは対局にある「革新性」であり、それによる「コスト節減」「工期短縮」「安全確保」「工事品質の向上」への着目である。

多様な入札契約方式については、今後、順次紹介していくことにするので、ここでは各方式の詳細に立ち入らない。

わが国の公共調達法は、その源を辿れば、明治時代の「官」直営時代からの枠組みを、戦後もほとんど温存させて、なんとか変化する時代の要請に合すべく運用面で対応して、「会計法規」を官僚得意の裁量解釈、拡大解釈で進めてきた経緯がある。そこに明治時代からの「お上」意識が加わって、発注者側は、民間の知恵、ノウハウを生かす視点や思考には至っていない。その根底にあるのは、先進諸国ではすでに一般化しているインハウスエンジニア(官庁技術者)の人員削減問題があるというのが筆者の考えである。

先進諸国になればなるほど、多数の技術者集団を雇って行なう公共事業の官直営時代はとっくに終わっている。

発注者技術者集団でなければできない、あるいはいけない「仕事」がどんどん減っていく。わが国でも官直営時代は昭和30年代に終わっているが、いまだに官庁にはインハウスエンジニア(官庁技術者)が多い。それが、中央官庁、地方自治体、特殊法人、公益法人等々で多重構造をなしている。それどころか官庁外郭団体である公益法人等が増加し、しぶとく肥大化、ついに最近「天下りと随意契約問題」が露呈している。

世界中で、官の技術の民間への移行が加速化して進み、むしろ官より民間の技術・能力の方が実績を積んで高くなり、技術の官低民高が当たり前、「民にできるものは民へ」の流れの中で、官業務のアウトソーシングが進み、インハウスエンジニア(官庁技術者)集団のスリム化が進んでいる。

2.国は予定価格にこだわる

最近、国交省は「ユニットプライス方積算方式」の試行を開始した。そのパンフレットを読むと、「予定価格」を「労働力や資材、器材の調達から施行までの標準的なプロセスを想定し、適正かつ合理的な価格として算出した契約予定金額」と述べている*

* 国交省「ユニットプライス型積算方式の解説」

http://www.nilim.go.jp/lab/pbg/unit/kaisetsu/u_kai01.pdf

最近に至る一連の国交省の動きを見ると、「予定価格」については、昭和58年の中建審第二次答申を踏襲したものであり、多様な入札契約方式を試行・実施していながら、「予定価格の在り方」まで踏み込んではいない。

『公共工事の入札及び契約の適正化を図るための措置に関する指針』(平成18523日閣議決定)では、「予定価格」の秘密保持を強調している。

国交省(旧建設省、旧運輸省その他の公共事業発注担当各省も含めて)等は、日米建設摩擦やWTO(世界貿易機関)の政府調達協定の締結などグローバル化の外圧、国内で頻発する公共事業をめぐる不祥事とそれに対する国民の公共事業への不信の高まりに対する対処という内圧に押されて、それなりに多様な入札契約方式の採用を進めてきたが、その根拠法である財務省(旧大蔵省)所管の会計法・予決令の改正にまで踏み込んでこなかった。

「公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律」(入札適正化法)、「入札適正化法」「公共工事の品質確保の促進に関する法律」(品確法)などの個別法で凌いできた。

各省縦割り行政改革の導火線にもなりかねない、そして最終的にはインハウスエンジニア(官庁技術者)集団縮小化の発火点にもなる「予定価格の在り方」を問う「会計法」「予決令」等の会計法規には、踏み込んでいない。

現行会計法規に様々な制度疲労があり、ガタが来ていることは認識しているにもかかわらず、官庁が組織する審議会・研究会等では、当たらず障らず、タブー視してきた。国交省中央建設業審議会の建議も数次にわたりなされてきたが、会計法規改正についての積極的かつ明快な提言はいまだにない。勿論、審議会は「それは我々の任務ではない。そのような任務を与えられてない」と、あえて火中の栗を拾うような他省所管事項に口を出すような提言はしないのだろう。

3.「詳細計画審査方式」で予定価格を下げる

 2006424日、国交省中国地方整備局は、島根県の尾原ダム建設第一期工事の一般競争入札で試行した「詳細計画審査方式」の取り組み内容を公表した。この方式は、入札前に応募者から施工計画の提案を求めて積算に反映する仕組みである。

従来は参考図書として提示していた施工計画を公表しないで、応募者に一定の制約条件を提示して詳細な施工計画の提案を求めた。発注者からも改善案を提案し、対話によって提案を改善することなどで、当初1256500万円と見積もっていた「予定価格」の基となる施工計画を見直し、予定価格を1207300万円に設定、当初より「予定価格」を5億円引き下げることが可能になった*

* 日経コンストラクションKenplaz 2006/05/25

「予定価格」を発注者だけで決めるという閉鎖的な方式から、外部(施工業者)のアイデアや提案を取り入れて、「予定価格」の節減に努力したという点で、発注者側の一歩前進を認める。しかし、発注者側の「施工計画」を公表しないということで入札者側の不評をかったということだが当然である。そのうえ、入札前に応募者から施工計画の提案を求めて、発注者の積算に反映させるというのも、ノウハウのタダ乗りであり、まだまだ「お上」意識を振り回すわが国の発注者らしいやり方である。

海外では、発注者がまず原案を示しての関係者との事前協議を繰り返し、原案から最終案に至るプロセスを踏み、入札招請会議や書類等でも、むしろ発注者側の考え方である「施工計画」を積極的に公表し、入札予定者から代案やコメントを求めるプロセスを取る。それによって、工事費節減、工期短縮、工事安全、工事品質の確保等が高められるとの考え方の共有が根底にある。

今回の事例では入札応募者(施工業者)がこれまでの経験や実績で蓄積した技術力を発揮したということであり、発注者の能力不足を曝け出したという見方もできる。

今回、入札応募者(施工業者)が、その技術ノウハウを「無料」で提供したというのであれば、請負業者側には何のメリットがあったのだろう。「予定価格」を発注者が5億円も節減できるということは、発注者にとっては「コスト縮減」業績が上がるので得意満面であろうが、受注する請負業者側は自分の首を絞めるようなものである。

このようなコスト節減のアイデアは、プロジェクトの企画段階から発注段階にいたるエンジニア、コストコンサルタント等のコンサルティング事項であり、入札に当たってはバリューエンジニアリング(VE)事項となるものだ。提案者である入札応募者は入札時の「総合評価」で多少の加点という利点が与えられるということだが、コスト節減評価の重みがコスト節減額5億円に十分酬いるものであることが必要である。

「予定価格」の秘密性厳守のため、わが国の発注者は、工事の内容やコストについて、プロジェクトの企画段階から発注段階にいたるまで、建前は全部自前で行ってきたということになっている。そろそろ、その建前を転換させて、自らのコスト情報を積極的に全面公開すると共に、実勢コスト収集のさまざまな方法を模索して、施工業者、エンジニアリング会社、コストコンサルタント等の外部の活用を進めてオープンなコスト情報の収集に努めるべきでる。そして、公共工事の遂行に当たっては、発注者、コンサルタント、請負業者三者間でのウインウインの関係、協働作業が必要である。

つづく