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セラフィールド再処理施設から
漏れ出る放射能汚染(2)


〜その位置と施設の概要〜

青山貞一

掲載日:2005.5.13、 2006.5.21更新

1)河野太郎議員の問題提起
2)その位置と施設の概要
3)プルトニウム30kgを紛失
4)莫大な放射性物質の漏洩
5)環境汚染の実態
6)今回のコラム執筆で分かったこと

 

 まず、英国のセラフィールドにある再処理施設の位置を確かめてみよう。以下の図は英国及びその周辺国におけるセラフィールドの位置を示している。対岸にはアイルランドがある。

出典:www.shutsellafield.com/ history.htm

 セラフィールドはロンドンの北北西、リバプールとグラスゴーの間にある。


セラフィールドの位置(1)



セラフィールドの位置(2)



セラフィールドの位置(3)


 さらに拡大すると、セラフィールド再処理施設は、河川を通じて海に面していることがよく分かる。以下の地図で灰色部分全体が再処理施設を含む全体の敷地を示している。


セラフィールドの位置(4)


最新の衛星画像:英国セラフィールド 2006.5.21追加

 以下にセラフィールド再処理施設の写真を示すので、ご覧頂きたい。


セラフィールド再処理施設の全景
出典:英科学博物館HP


 以下にセラフィールド再処理施設を含む写真を示す。施設がいかに巨大なものであるかが分かるだろう。

 参考:セラフィールド遠景(写真)
 
出典:http://www.nrpa.no/bildearkiv/ 300dpi/Sellafield%20Kk...

 参考:セラフィールド航空写真
 出典:http://www.visitcumbria.com/wc/sellafield-1515b.jpg

 参考:セラフィールド遠景2(写真)
 出典:http://www.nuclearfreeplymouth.org.uk/decommission/sellafield.jpg 

 ここで、セラフィールド再処理施設の概要を日本政府の関連機関、科学技術振興機構のHPから見てみよう。


セラフィールドの再処理施設
 
出典:科学技術振興機構HP

<概要>
 英国のセラフィールドサイトでは、1950年代から第一工場(B−204) および第二工場(B−205) の再処理工場を運転し、多量の天然ウラン金属燃料の処理実績を持っている。また酸化物燃料用の大型工場THORPを1994年1月に運転開始した。

 当初、海洋で拡散希釈させる方式で相当量の放射性廃液を放出していたが、その放出放射能低減化を図るため各種の廃液処理プラントを新設してきた。1980年から放出放射能は減り始め1985年には約百分の一にまで下がった。その後も放出放射能低減化の努力を続けている。

<本文>
 ウインズケールのサイトは英国イングランド北西部のアイリッシュ海に面する海浜に位置しているが、現在はこのサイトはウインズケールからセラフィールドと改称している。第二次大戦直後、英国はセラフィールドのプルトニウム生産炉からの使用済燃料要素を処理するため、セラフィールド再処理第一工場(B−204:前処理施設)を建設した。この工場は1952年から1964年まで運転された。

 また酸化物燃料の再処理が可能になるよう改造された、1973年に運転停止となった。


セラフィールド再処理施設の外観

 1955年英国の原子力発電計画がマグノックス型(黒鉛減速炭酸ガス冷却型)炉を使用することで発足し、これに対応する再処理工場の新設が必要とされた。このためセラフィールド第二工場(B−205) が建設され1964年から稼働中である。現在も幾多の改良、補強を加えて操業を続けており5トン/日、1,500トン/年の処理能力を有する。累計約3万トン の使用済み燃料を再処理している。

 改良型ガス炉(AGR)の出現で酸化物燃料の再処理が必要になったので、B−204 建屋に前処理施設を増設した。この施設は、1969年8月に運転を開始し1トン/日の処理能力があった。約90トンの酸化物燃料を処理したが、1973年9月揮発性ルテニウム(RuO4)による汚染事故が発生し、以後運転は中止された。この施設での運転経験は次のプラントの設計に活用されている。

 英国原子燃料会社(BNFL)は、次期発展策として新しい酸化物燃料再処理工場(THORP,Thermal Oxide Reprocessing Plant)の建設を1976年に申請した。THORPは公称能力千2百トン/年、最初の10年間で6千トンの処理を予定している(7千トンに修正)。1983年、受入れ・貯蔵施設から建設が開始され1992年に建設が終了した。

 その後英国政府が公開審議を実施するなどしたため、運転許可が遅れた。英国政府は1993年12月THORPを含むセラフィ−ルド・サイトからの放射性物質放出基準を申請を認め、THORPの全面運転開始を決定した。BNFLはこの決定を受けて1994年1月に操業を開始した。


 上の説明では、現在事故などで問題となっている酸化物燃料用の大型工場ソープ工場(THORP)は1994年1月に操業を開始したことになっている。

 河野太郎代議士が指摘する「約20トンのウラニウムとプルトニウムを含むオリンピックサイズのプールの半分の量の放射性物質がイギリスのセラフィールドの再処理工場で漏れ、施設が閉鎖された」としている工場は、そのソープ工場である。

 そして日本のマスコミが沈黙しているのも、セラフィールドのそのソープ工場なのである。


つづく 

1)河野太郎議員の問題提起
2)その位置と施設の概要
3)プルトニウム30kgを紛失
4)莫大な放射性物質の漏洩
5)環境汚染の実態
6)今回のコラム執筆で分かったこと