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環境リスク社会への対応

青山貞一
武蔵工業大学環境情報学部教授

初出:環境と正義 2006年夏号
(日本環境法律家連盟)

掲載日:2006.10.14


1.現代は環境リスク社会

 日本は水俣病、イタイイタイ病、四日市喘息、川崎大気汚染など、事件的な環境公害問題を多数経験してきた。

 これらの問題は永年、「時間と金がかかるだけの厄介もの」とされ、そこでは環境公害問題への対応を一歩間違うと、企業や組織の存亡を危うくするという危機感はほとんどなかった。

 だが、地域から地球まで、広義の意味での環境問題が人類共通の課題となってくると、私たちは環境公害問題を20世紀のように厄介で金がかるだけの問題として回避するけには行かない。

 現代を環境リスク社会としてとらえ、積極的かつ未然防止的に対応して行く必要があるだろう。

2.環境リスクの所在を知る!

 環境リスクを列記すれば以下の通りとなるだろう。

@ダイオキシン、PCB、PBDE(ポリ臭素化ビフェニールエーテル)、PAH(多環 芳香族炭化水素)のように、日本の法規制が先進諸国に比べ大幅に遅れたために生じる 環境リスク。

Aアスベストなど、すでに過去のものとして忘れ去られていた問題が「潜伏期間」を過ぎ、 死亡が多発化し顕在化してきた環境リスク。

B地球温暖化問題など、影響が長期にわたり緩慢に作用する環境リスク、

C土壌汚染のように、わが国で数年前まで法的規制が存在しなかったためにあまり問題と ならなかったが、臨海部工場跡地の再開発開発などで、顕在化してきた環境リスク。

Dドイツの拡大生産者責任やOECDの汚染者費用負担原則のように、日本の企業が国際 活動をすることにより遭遇する環境リスク。

E産業廃棄物の不法投棄問題に見られるように、関連する複数企業の間で共同責任や連帯 責任が問われるリスクの増大。

F製品が環境や健康に影響を与えた場合、その因果関係の立証や損害賠償請求が厳しく問 われる時代の到来という意味での環境リスク。

G膨大な種類の化学物質、未知領域の物質、揮発性・残留性の有機化合物などを原料、製 品、可塑剤、難燃剤、添加物などとして用いることにより、事後的に思いも寄らぬ慢性 毒性が判明することによって生ずる環境リスク。

Hシックハウス症候群や杉並病など、一般人ではさして問題とならないが、人によって著 しく健康影響や被害を与える可能性がある物質がもたらす環境リスク。

I環境報告書などにより企業活動の情報提供、情報公開を怠ることによる環境リスク。

J情報公開をしても重要な問題を隠蔽するなど、不適切な対応することによるリスク。

K問題発生の初期段階で地域住民や第三者からの忠告や警告さらに内部告発に真摯に耳を 傾けないことによる環境リスク。

3.具体例としてのアスベスト禍

 アスベストの輸入や製造、使用、廃棄にともなう被害の甚大さから、先進諸国では「使用禁止」が大きな潮流となっている。だが、わが国では多数の死亡者が確認されるまで、永年にわたり「管理して使用すれば安全」という考え方でクリソタイル系アスベストの大量使用を認めてきた。

 事実、世界保健機構は「日本は主要な消費国」としている。

 輸入アスベストの9割以上は建材に使用されているが、日本石綿協会の資料では製品名と製造会社を特定することはできない。

 その結果、国民がアスベスト含有建材の使用を回避するのは難しく、使用禁止となっている吹き付けアスベストを用いた建築物が今でも日本中に多数存在している。

 このように対策が不十分そして中途半端であったことで維持管理の作業員や電設作業員、解体業者らはアスベストの危険性や吸入可能性について十分な知識を持たないまま高リスクの作業を強いられてきたのである。

 昨夏、クボタの旧神崎工場の従業員や出入り業者78人がアスベストが原因で胸膜や中皮腫で多数死亡していることがわかった。

 同工場では54〜75年にかけ毒性の強い青石綿を大量に使っていたことから作業中のアスベスト吸引が中皮腫の原因とみられた。

 さらに工場近くに住んでいた住民5人も中皮腫を発病、2人が死亡していた。 

 クボタの情報公開が引き金となり、アスベスト吸引に起因した中皮腫などの疾病と、死亡が全国各地で明らかになった。

 さらにアスベスト禍は、製造工場だけでなく、造船、港湾、自動車工場、建設現場、廃棄物解体業など、多様な場面で報告されるに至っている。 

 1995年以降、旧厚生省の人口動態統計により、やっとわが国でも中皮腫の死亡者数が年間百万人当たり5〜6人であることが分かった。さらに肺がんの発生率は中皮腫の約2倍と推定されている。

 上記を死亡者数に換算すると、毎年数千人が死亡していることになる。さらに専門家の研究によると、アスベスト被害は2000年から2030年の30年間に5万8千人に達すると予測されている。 

 これらアスベスト禍が報知されてきた背景には、価格が超廉価で運搬、加工、設置が容易という「利便性と経済性」を重視してきたことがある。関連業界の主張、利害ばかりに行政、とくに政府が歩み寄り、労働者や住民など国民の安全と安心を軽視したこともある。

4.環境リスクへの対応のポイント!

 以下、環境リスクに対応する上でのキーポイントを例示してみたい。

@問題が起こってから対応する事後処理的な対応から抜けだし、未然防止的対応をとるこ とが重要なものとなる。

A不利だからと言って情報を隠蔽した場合、後にそれが分かると数倍、数10倍対応が困 難となり巨額の費用と時間がかかる。

Bわが国の環境汚染防止策だけに追随するのではなく、欧米先進国の動向に絶えず気を配 り、環境リスクのアセス(調査、予測、評価)、マネージメント(管理、対策)、コミ ュニケーション(情報公開、説明責任)につとめること。

C環境リスクの管理の原則として、予防原則、汚染者費用負担原則、拡大生産者責任が  強まっている。ただ安くて質の良い製品をつくり売るだけでなく、使い終わった後の処 理がしやすい製品づくりが重要なものとなる。

D大規模な不法投棄や耐震構造問題をきっかけに、無過失連帯責任や共同不法行為的な法 制度化が進む可能性が高くなっている。相互監視的な対応が不可欠なものとなる。

E環境ビジネス分野では、護送船団方式ではなく、誰もやっていない、気づいていない、 すなわちニッチで勝負する「オンリーワン方式」が重要である。さらに環境重視で他社 の追随を許さない「トップランナー方式」で勝負すべきである。

F従来、ゴミとして安易に焼却されたり、埋め立てられ処分されていたものを資源化する ことにより、新たな製品や雇用を生み出す「災い転じて福となす」発想の転換と静脈系 企業活動の展開が不可欠となる。

GISO14001環境マネジメントシステムの導入など、自ら環境保全目標を設定し、Plan→Do→Check→Action行うとともに、社外からの第三者的監査を受けることによ り、継続的な改善を行うこと。

 以上、環境リスクへの対応について概括的に述べてきた。

 いずれの場合も大切なことは、早期段階での対応、そして正直な対応である。

 冒頭に述べた水俣病では、工場長が早期に問題の所在に気づいていたが、経営者が問題を隠蔽したため、膨大な時間と金(損倍賠償)により、組織の存亡の危機に何度も見舞われている。

 この種の事例はわが国には、枚挙にいとまがない。21世紀は間違いなく環境リスクの時代となる。私たちは正面から環境リスクを認識し、適切に対応して行きたい。