エントランスへはここをクリック!  

出生率はなぜ低いのか

〜原因をより多面的に解明すべきではないか〜

池田 こみち

 掲載日:2004.7.6
池田さん近影

 参議院選挙まであと1週間を切った。最大の争点として、やはり「年金問題」を挙げる人が多いようだ。ところで、年金国会終盤で出生率(正確には合計特殊出生率(TFR)注参照)が発表され、後出しじゃんけんとして厚生労働省が批判を浴びた。02年の1.32から03年に1.29へと下方修正されたことにより、「現役世代に対する給付水準50%の維持」も前提が揺らぐとして大騒ぎとなったことは記憶に新しい。東京では1を切っているのである。

 そんな折り、7月2日の朝日新聞夕刊に「妊娠初期の死産 男児、女児の10倍」というタイトルの記事を目にした。ご覧になった諸氏も多いと思うが、念のため、その内容を以下に紹介する。同日、北海道旭川市で開かれた日本臨床環境医学会で発表された内容だ。発表は、日体大の正木健雄名誉教授(体育学)ら4大学の研究グループの調査によるもの。

2004.7.2朝日新聞夕刊
妊娠初期の死産 男児、女児の10倍
日体大などグループ調査


(前略)
 研究グループは出産や死産の性比に影響を与える因子があるか調べるため、厚生労働省の人口動態統計で、中絶を含めた死産について解析した。 男児の死産の割合は、72年頃から上昇。同統計で、死産が妊娠12週以降4週ごとに記載されるようになった79年には12〜15週で女児1に対し男児は3.51だったが、90年に6.72、02年には10.02に増えていた。
 正木名誉教授は「妊娠初期の胎児に異変が起きていると見なさざるを得ない。国は原因解明に努めるべきだ。」

 このごろ講演会や報告会などで各地を訪問すると、幼児連れの若いお母さんも多く、「このごろなんか、男の子が少ない気がする」という声をよく聞いていたこともあり、妙にこの研究発表には納得させられてしまった。

 確かに、雇用上の男女の不平等、家庭での不平等にはじまり、ハード・ソフト含め、女性・母親・子供をとりまく社会的なケアやサービスの不備が「子供は産まない」ことの大きな理由であり背景となっていることは間違いない。もちろん、意識しないまでも、経済面、社会面、環境面を含め、漠然とした将来の見通しの暗さ、不確実性に起因する不安もその要因として無視できない。しかし、それ以前に人間は動物であり生き物なのであり、既に生物学的に妊娠しにくい状況、出産まで無事にたどりつかない状況というものが確実に進行しているということも当然あるはずである。

 「沈黙の春」(レイチェル・カーソン)や「成長の限界」(デニス・メドウズ)、「奪われし未来」(シーア・コルボーン)らの警告を改めて思い起こしたいものである。ダイオキシン問題への関心もこのところ急激に冷めてきている。その背後でごみは益々焼却・溶融され煙と灰と残さを生み出し続けている。ダイオキシン類の排出量はこの7年間で大幅に減少し年間1kgを切っていると報告されているが、大気中の濃度についてみれば、日本の全国平均濃度(0.093pg-TEQ/m3)は依然としてヨーロッパ都市部の7倍もの濃度なのである。米国環境保護庁EPAのガイドラインに比べて数倍、数十倍の高濃度が検出されていた日本の大都市内湾の魚介類のダイオキシン濃度はその後どのように推移しているのか。

 テレビをつければ、安易な化学物質商品のコマーシャルが何のチェックもなく流され続けている。「ナメクジを集めて殺す薬」、「ごきぶりや蚊などの害虫駆除剤」、「置くだけできれいになるトイレの洗浄・芳香剤」、「生ごみは乾燥させて除菌・殺菌」など安易に化学物質に依存しすぎていないだろうか。

 「男児死産率の上昇」の研究成果を受け、厚生労働省もさることながら、環境省、農水省などが連携し、早急に必要な調査研究を行うべきである。何のために膨大な予算を割いて国や公的機関の調査研究機関があり、毎年膨大なデータを測定し蓄積しているのか。国民も監視を続けていくことが重要である。

注)合計特殊出生率とは、対象とする年次について女性の年齢別出生率を15〜49歳にわたって合計して得られる出生力の指標で、その値は一人の女性がその年齢別出生率にしたがって子どもを生んだ場合に生涯に生む子ども数として解釈されます。


以下は青山貞一の池田論考へのコメント

「出生率はなぜ低いのか 〜原因をより多面的に解明すべきではないか〜」の論考を書いている池田さんは、大学卒業後、東大医学部、東大医科学研究所に在籍、その後、ローマクラブ事務局経由で青山と出会い、その後、民間研究所を経て、環境総合研究所を設立、現在に至っています。父親(すでに他界)は医者で親類にも医者が多数おり、友人には医者、獣医がたくさんいます。

池田さんは、ここ10年弱、ダイオキシン類はじめPCB、さらに農薬などに含まれる内分泌攪乱物質が母胎、人体の免疫機能、生殖機能に及ぼす影響について関心をもつとともに、自ら全国規模の市民参加の松葉を生物指標とした大気中のダイオキシン類の調査、監視活動を主導してきました。

1999年にはじまった同調査は、今年で6年目に入ります。この6月も九州、中国地方だけで14カ所で調査報告会を行い報告と講演をしてきました。また国際ダイオキシン会議に英論文を毎年提出し発表しています。韓国(慶州)、スペイン(バルセロナ)、米国(ボストン)そして今年はドイツ(ベルリン)で9月上旬に青山と共著の論文を発表します。

ところで、この種の問題をリスクを負い、激しいバッシングの中で社会に提起してきたのは、実は女性です。レーチェル・カーソン(沈黙の春)しかり、コルボーン(奪われし未来)しかりです。他にも多数の女性研究者がいます。なかでもレーチェル・カーソン女史は有名です。米国内務省の研究所に在籍した彼女は晩年ガンでなくなりますが、彼女は、春になっても木々は芽をふかず、鳥のさえずりは聞こえず、湖には魚の影がない、まさに沈黙の春を社会に警告しました。

私たちは余りにも豊で便利な生活ばかりを追い求め、また物質的な成長を追い求めた結果、多くのものを失ってきた可能性が大だと思います。金沢にいる私の友人は、今の子供は体育は著しく向上したが、体力は逆に著しく退化したと言う実証的研究をしています。ひょっとするとこれも化学物質の摂取、暴露が関係しているかも知れません。

今回の池田さんの問題提起は、今の日本ではオウムのサリン事件のように死ぬひとはいなくとも、慢性的な生殖毒性そして胎児毒性により、まさに「奪われし未来」が将来現実のものとなる可能性を示唆するものです。