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自然卵養鶏
自然養鶏での病気対応のあり方


あしがら農の会 笹村 出

掲載日:2005.6.30

強毒型鳥インフルエンザに関して」今起きている状況の説明と、とるべき対応策を書かせていただきます。今回の事態は私たち自然養鶏を行うものにとって、生活のかかった大きな岐路になると思います。

現在、鶏に関して間違った獣医学に基づく、病気対策が法律化されています。ワクチンで予防する事を絶対として、義務化しています。ところがワクチンでは対応できない病気は無数にあり、今後も出現する可能性は高いと思われます。大変虚弱に成っている今の養鶏用鶏種をケージ飼いすれば、忽ち、病気が蔓延することに成ります。

 畜産のあり方全般に対し、徹底的な見直しを行う事が急務と成っています。

 しかし、いかにもこうなってから問題にするのでは、状況が悪すぎます。5年前「発酵利用の自然養鶏」の中で、この問題を予測し発言した時、ある鶏の会を除名されました。場合によっては法に触れ、飼育が出来なくなる可能性のある発言の為です。ここでもその覚悟で発言する内容です。これはあくまで笹村個人の考えであることを確認しておきます。

 私の予測した通り、動物由来ではないかと言われる、新しい病気が次々に、エイズ、SARS、BSE、サルモネラ、鳥インフルエンザ、と出現しています。

何故か、先ず原因調査を徹底しろ、と言いながら結局曖昧に終ります。今回もそうなるに違いありません。それは渡り鳥由来だ、となると、今までの対応策を根底から変えなければ成らないからです。すでに根拠もないまま、渡り鳥説否定の予防線を張っています。こうした時一番の問題は、せっかちで忘れやすい消費者に追随する、風評被害を生む、報道関係者の情けない姿勢です。

鳥インフルエンザの発端が野生の鴨、或いはその周辺の野鳥にあることだけは確かです。鴨はこの抗体を持ったものがいることが確認されています。日本の鴨からも弱毒タイプのものは見つかっている、という情報があると、畜産保健所の方が言われていました。野鳥は発病しても、大量死することはありません。勿論餌付けで集めるような日本のやり方は自然とはいえないでしょうから、大量死の原因になっているかもしれません。

 いずれ野生は抗体を獲得するか、弱れば淘汰されてしまうかでバランスがとれる、自然の仕組みです。そうやって、自然界の免疫システムは出来ていて、人間がかかわらなければ、上手く調和するようになっています。ハクビシンがSARSで問題がないのと同じで、人間にだめだからと言っても、他の野生の生き物では克服されています。鶏ではサルモネラ菌がそうしたものでした。人でも東洋人の方がサルモネラの発病の可能性は低いとされているようです。

 それでは何故こうした新しい病気が出現してくるのか。この原理を考える必要があります。当然、野生動物の生肉を食するようになったからではないでしょう。大枠で見ると、人間が弱くなってきた事があげられます。O157の流行時、そうした大腸菌に弱くなっている現代人が問題にされました。おかしな衛生観念のため、「自然免疫の獲得が出来ない人類」の出現です。水道局では確か、塩素の濃度を上げるという対策をしたはずです。そういえばあの時も貝割れ大根に責任を押し付けて、ごまかして終わりでした。貝割れ大根の会社が農協と対立していたのが原因だった、と言うような馬鹿げた話が後でありました。

もうひとつは「化学物質による病原菌やウイルスの変異が推理される」と考えるのが、妥当だと思います。弱毒タイプのウイルスの強毒への変異が増加している根拠です。化学物質は農薬もあれば、焼却由来のダイオキシン等、エントロピーの増大で、無限に増加している新しい化学合成物質が想像されます。環境ホルモンと言うようなものも影響しているのかもしれません。

 科学的に考えれば未解明分野で諸説はあるでしょうが。私達実践者は体験的な直感的な類推をする立場に立つべきです。畜産では飼料の単価、飼料効率、機械化、廃棄物の再利用等の為に、本来自然界では食べないものを無理やり食べさせる事になっています。保存料や添加物、消化促進剤のような危ういものが紛れ込む危険が潜んでいます。

 過去に大きな問題になった、抗生物質と殺虫剤を畜産で大量消費する中で、耐性菌の出現があり、ウイルスや病原菌の変異が呼び起こされ、禁止されてきた経緯が思い起こされます。ともかく、合成化学物質は極力減らす事でしょう。

シベリアに暮らす鴨にとっては韓国もベトナムも日本も生活の場ですから、当然行き来しています。鴨が持っているウイルスは、必ず他の野鳥に感染していると見なければ成りません。人間に発見されているかどうかは別にして、自然界には人の知らない病原菌を含めて、様々な病原菌が存在すると考えるのが普通です。

 何処にだって病原菌はあるのですから、アイガモや放し飼いの鶏に感染するのは必然です。昔からそうだったのです。それで異常な蔓延が起きなかったのは、自然のバランスの中で行われる範囲では、何羽かが死んで、免疫を得て生き残ったものが次世代の親に成り、永続性のある畜産が行われていたのです。

可能とは思えませんが、飼育している鶏を全て隔離し、ワクチンで感染を防いだとしても、鴨から野鳥への感染を防ぐ事は出来ません。そこでの強毒化したインフルエンザはどうなるのでしょう。公園の鳩からの感染はどうしたらいいのでしょう。かつてそうした事が問題にならなかったのは、自然界ではバランスが取れてきたことであって、大規模養鶏が登場して問題化したということは、大規模養鶏のやり方のほうに問題があると考えるべきでしょう。

 鶏を野鳥から遮断しようと言うのが今の防疫の発想です。ウインドレス鶏舎で、できるだけ無菌状態の閉鎖した飼育をして行こうという流れです。実はこれは大企業が待っていた、作り出そうとしている流れなのです。日本に養鶏業は飼料会社直系の10軒でいい、と豪語していた人を知っています。読売新聞などはすでにこうしたお先棒の記事を載せました。見識のない恥ずかしい新聞です。よく考えて見て下さい。鶏がウインドレスで薬漬けでしか生きられないとしたら、人間は大丈夫なのでしょうか。

 この先待っているものは、人間がウインドレス室の中でしか生きられない世界です。今畜産で起きていることは、必ず人間におきて来る事の前触れです。SFの世界ではありません。今起きていることは人類の史上初めての事態です。人間が自然の中で生きられなくなっている。環境を遮断して病原菌の居ない無菌に近い状態でしか安全では居られない。新しい時代の登場です。

 こうした状況の中、家畜保健所は消毒を徹底しなさい。放し飼いはいけません。野鳥が入らないように。と指導して歩いています。消毒薬の大量輸入が報道されています。国内の会社も増産中でしょう。何と言う浅はかな事でしょう。鴨や烏やスズメも病気発生の30キロ以内を絶滅しようと言う事でしょうか。

 今、泡を食ってやっている目先の対応は、この場は凌ぐかもしれませんが、必ずもっと深刻な状況がこの先来る事は目に見えています。自然界を消毒して病原菌の居ない世界にし様などと言う発想は、天につばを吐くことでしょう。「沈黙の春」の世界が現実になってきています。

 病原菌は存在しているのが当たり前です。人間が生きると言う事は、病原菌とどう折り合いをつけていくかです。私のところの鶏は、ニューカッスルの抗体を持っていました。一切のワクチンをしていませんから、私のところで孵化した鶏は、野外毒から感染したはずです。しかし、発病した徴候はありません。ニューカッスルになれば大半が死滅すると獣医学では考えています。

 抗体を持つことは免疫システムであり、発病とは違います。ワクチンをしていないのに野外毒によって接種したと同様の免疫力を得ているということです。今度の鳥インフルエンザも同様です。感染はしても発病はしない自信があります。そして免疫を獲得する。私はそれだけ強健な種、「笹鶏」を作出目標にしてきました。

又その自然免疫を獲得する飼育法を模索してきました。自然界には免疫を獲得する仕組みがあります。自然養鶏ではそれを応用した飼育法をとる必要があります。野外毒を遮断するのでなく、孵化直後から、いわば微生物に満ちた堆肥状の床の上で育雛します。適正なレベルで、親の免疫がある間に、その場所にいる菌に触れさせてゆきます。そして、発酵飼料、緑餌、生餌、薬草、ミネラル、等を使いながら。

 健全ではあるが甘やかさない、ぎりぎりの飼育をしてゆきます。弱い雛はここで淘汰してゆきます。その結果、自然免疫を獲得する、能力の高い鶏が作られることに成ります。それには少羽数で目の届く管理をする必要があります。私の経験では春先、自家採種した卵を孵化するのがいいと思います。

こうしたいわば江戸時代におこなわれていた、村落ごとに地鶏が居るような小規模で、自然に適合した方法でしか、家畜を永続的に飼育することは不可能のようです。

さらにひとつの岐路があります。食べ物が柔らかく甘く濃厚に、消費者に迎合してゆきます。消費者は私から見ると食べ物とは言いたくないような、60日雛の鶏肉を、柔らかくておいしいなどと言います。1年の「笹鶏」を硬くて鶏肉として使えないと言います。お世辞ではおいしいと言ってくれますが。二度買いに来ない人が大半です。本当の食べ物は健康的な食べ物のはずです。

 効率だけを重視して、2ヶ月で食べてしまう鶏は、2ヶ月だけ生きていればいいのです、強健さは無視されています。私の作出した笹鶏は産卵率で考えると60%行けばいいという能力です。世間の産卵鶏は90%を越えるわけです。産卵率だけ高ければ、病気に弱い事など、薬で対応すればいいとされています。本来農村でその地域に適合していた強健な鶏種は、今やどこにもいないのです。だから一個10円の卵が出現して、卵は物価の優等生などと、馬鹿げた事が起こるのです。

こうした消費者を背景とした畜産の世界で、効率と採算性だけに翻弄されて、作り上げられたのが、ウインドレスの畜産です。そうした尋常でない環境でのみ有効な、異常な飼育法および鶏種が、アジアの農村にも一気に広がったのです。ここでのやり方は山口での方法と大きくは違いません。今アジアで起きている、鳥インフルエンザの猛威はまさにケージ飼い養鶏の不健康さから直接的には起きています。山口の養鶏場も同様です。

 こうした劣悪な環境での鶏のケージ飼育はヨーロッパでは禁止している国もあります。卵を産み機械のような狭いおりで身動きも出来ず、卵だけを産みつづける悲惨な状態では、鶏に病気を克服する力はありません。こうした鶏と自然養鶏の鶏と同列に議論して、野鳥と触れるから危険だと斬り捨てるのは暴論です。鶏種は大企業にすでに独占されています。何処に行ってもアメリカかヨーロッパの鶏種です。種鶏会社はより大きな消費者に合わせた、効率は良いがひ弱な飼いにくい鶏種を作り出しています。異常な病気が出現して来る背景は進んでいたのです。

私が5年前に提言した時、世間は対応してくれなかったのが、残念で成りません。こうした状況に及んでは戦いは、極めて不利に追い込まれていると言えます。妥協的な対応しかできなかった、その付けが自然養鶏にも及んできています。鳥インフルエンザが人間に感染する、此の点が非常に恐れられるため、もう5年前の主張では通用しないでしょう。鶏ならばある程度自然淘汰され、バランスがとれるという考えが通用しますが。

「対応策です」

地域に適合した、強健性のある鶏種の作出を行う事。

畜産はできる限り小規模で自然から離れない方法で行う事。

合成化学物質の増大を防ぎ、飼料への混入を禁止する事。

地球規模で実現できるよう、日本がその模範になる事。

文化として、「人間の暮らしに於いて食の安全とは何か。」という根本から考えれば、精神文化まで含めて、食糧の生産が暮らしのレベルから見えなくなるということは、大変危険な事だという認識が必要です。そして、人間も最後に病院で薬漬けになって生き永らえるのではなく、健康な体と精神力を持って病原菌に負けない免疫力を付けることが必要です。そして病気になったら死ぬのが自然であると言う事を受け入れて、病原菌に向かい合う必要があるところだと思います。