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連載 佐藤清文コラム 第十五回

非難と制裁

佐藤清文
Seibun Satow

2006年7月10日



「たとえ、一時的な平和を求めてわれわれが国策の一部を放棄することでアメリカに譲歩したとしても、アメリカは軍事的な立場を強めており、間違いなくより多くの譲歩をアメリカは求めてくるであろう。そして最後には、わが帝国はアメリカの足元にひれ伏することになるのである」。
                 1941年の日本のある政策会議の記録

 アメリカ合衆国は、2006713日、カタールが国連安全保障理事会に提出したイスラエル軍のガザ侵攻を非難する決議案の採決に拒否権を行使しました。採決は賛成10、反対1(アメリカ)、棄権4(イギリス・デンマーク・ペルー・スロバキア)となり、採択されませんでした。

 合衆国が拒否権を行使するのは今回で81回目ですが、イスラエルに関連する非難決議に対しては36回も使っています。そのため、安保理において、イスラエルに対する非難決議はほとんど採択されていません。

 イスラエル軍はガザにとどまらず、レバノン各地を爆撃し、海上封鎖するなどという暴挙を続けています。それが懸念材料となり、原油の価格はさらに跳ね上がり、世界経済の停滞が危惧されています。

 アメリカは世界で最も石油に依存していますから、この軍事行動は合衆国にとって不利益につながるにもかかわらず、イスラエルの肩を持っています。こうしたアメリカのイスラエルへの姿勢に小泉純一郎首相は嫉妬に身悶えしていることでしょう。

 一方、715日、北朝鮮がミサイル実験を通告なしに実施したことに対し、安保理は全会一致で北朝鮮への非難決議を採択しました。

 日本政府は、強硬に、国連憲章(http://www.unic.or.jp/know/kensyo.htm)7章「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」に基づく制裁を含む非難決議の採択を求めていました。

 イスラエルが実弾をレバノン国際空港に着弾させていても、非難決議が採択されないことを考えれば、恐るべき楽観的且つ不見識な見通しだったと言わねばなりません。

 安保理において「制裁決議」というものはありません。すべて非難決議です。ただ、その中に経済的及び軍事的な制裁を示唆する文言が入るか否かを日本の政治家やメディアが「制裁決議」と言い表していただけです。

 第7章に関連した過去の非難決議にしても、朝鮮戦争やコンゴ動乱、ナミビア問題、南アフリカのアパルトヘイト、キプロス問題、フォークランド(マルビナス)紛争、イラクのクウェート侵攻などが挙げられますが、それらは明らかな侵略あるいは非人道的行為です。日本に向けて打っているわけでもない失敗したミサイル実験で、第7章に基づく制裁を求めるなど土台無理な話です。

 国際社会は、北朝鮮以上に、イランの核開発の方を深刻に受けとめています。イランは石油資源を持ち、イラクと印パの間という不安定な地域に位置しているのみならず、世界で最も多い毎年20万人以上の頭脳流出している人的資源も豊かな国です。

 しかも、マフムード・アフマディーネジャード大統領は反イスラエル発言を繰り返しています。そこが核保有するとなれば、政治的緊張をさらに高めかねません。

 北朝鮮に対する非難決議にも、このイランの核開発問題が影響を及ぼしています。

 メディアによっては、扇情的に、日本外交は勝ったのか負けたのかという調子で報道しているところさえあります。しかし、外交は交渉です。明確な目的に従い、譲歩と要求の弁証法によって同意できる範囲を当事者が形成していくものです。白黒をはっきりつけるのが交渉ではありません。

 日本以外の関係各国の目的は明確です。それは6カ国協議の場に北朝鮮を復帰させ、核開発を阻止することです。この点では中ロだけでなく、アメリカも共通しています。けれども、日本政府の目論見はそうではなかったようです。

 安倍晋三官房長官、麻生太郎外務大臣、額賀福志郎防衛庁長官の発言に至っては、安全保障としても、外交交渉としても、極めて浅はかであり、あれでよく人前で口を開けるものだと恥ずかしくなるほどです。彼らが次期自民党総裁候補と目されていることを知ったら、自民党の第二代総裁石橋湛山は自作『日本防衛論』の次の一節を引用して、窘めるでしょう。

 「実際問題として、いかなる場合でも負けない強大な軍隊をもつことは、日本にとって大変な負担である。おそらく、日本の国力のほとんど全部を傾けつくしてみても、及ばない。そんな考え方で、国の防衛を考えるのはまちがいだ。そこで、ほかの考え方でいくことが肝心だ。そこに討議の余地が大いにある。この点を、政治家の諸君はよく考えてもらいたい」。

 短絡的な政治家主導の外交がお話にならないとしても、外務省には、依然として、二国間協議こそが外交の本筋であると信じている傾向が強く残っています。しかし、現実には、多国間協議が世界的に外交の主流です。これを改めない限り、日本の外交は世界の失笑をかい続けることでしょう。

 第39条から第51条までの第7章に基づく国連の制裁は、一般には、国際連盟の失敗の反省と理解されています。国際連盟は、連盟規約16条により、「戦争に訴えたる連盟国」に対する経済制裁を科すことを定めていましたが、さらなる制裁としての軍事的措置を規定していませんでした。

 国際連盟では、制裁が経済的措置にとどまっていたために、侵略行為に対する実行力がなかったという歴史的経験を踏まえて、国連は軍事的制裁も認めたというわけです。

 けれども、国連の軍事的措置は国連軍の編成を前提としています。現段階まで、憲章が想定している軍事的措置を国連が行使したことはありません。湾岸戦争の際にイラク軍と交戦したのは多国籍軍であって、国連軍ではありませんでした。

 
PKFを含むPKOを国連は世界各地に派遣していますが、これは憲章上の明文規定はなく、第17回総会で議決された総会決議1854によって承諾されているのです。

 あくまでも国連における制裁は経済措置が中心です。アメリカが加盟しなかった国際連盟の頃と現代では、国際環境が大きく異なります。第二次世界大戦以前には、経済は国際的な問題と考えられてはいませんでした。また、グローバル規模での国家間の相互依存・相互浸透も当時とは比較になりません。チベット問題などで政治的には対立している中国とインドは経済的には極めて親密です。

 国連は加盟国間の武力行使を原則的に禁止しています。しかし、侵略または平和の破壊・脅威が起きた場合、憲章第7章により、多国間の国際的枠組みを用いて、段階的に制裁を加えることができます。

 まず、国連安保理は、憲章第
40条により、即時停戦や兵力の撤退など事態の悪化を防ぐための暫定措置を当事国に要請し、次に、第40条に則り、侵略の認定ならびに平和と安全の維持もしくは回復のための勧告を行い、その上で、段階的に強制措置をとっていきます。経済制裁はこの強制措置の初期の段階です。

 こうした経済制裁は対象国の政策の変更を求めるためであって、体制崩壊を狙って実行に移されるのではありません。南アフリカへの制裁はアパルトヘイトの停止が目的であり、クーデターや革命を誘発させようとして国際社会が協力したわけではないのです。

 体制崩壊は国際社会にとってはるかにリスキーであり、それを招く国際的な圧力は無責任極まりありません。今のイラクが示している通り、難民が流出し、治安が悪化して、地域の秩序を不安定化させ、さらに、国際政治・経済にも悪影響を及ぼします。

 人道に反する罪で政権側の人物を国際的な司法が裁くとしても、体制に逃げ道を残してやらなければ、国連による制裁にならないのです。

 小泉純一郎政権が誕生して以来、日本の世論はしたたかさとしなやかさを欠いた一本調子さがもてはやすようになっています。その後継者と見られている政治家の外交姿勢は、彼と同様、臨機応変さがなく、刻一刻と変化する事態に対し機敏に即応きれません。今回の国連での交渉はそれを露呈させました。

 これは戦時中の帝国陸軍の流儀と似ています。ハーバード大学教授ジョセフ・S・ナイは、『国際紛争』の中で、太平洋戦争開戦前の日本の指導者のムードについて、塚田攻陸軍参謀次長による次の記録を引用しています。

 「全般に開戦の場合の見通しは明るくない。平和的解決の道はないかと、皆が考えている。『心配するな、たとえ戦争が長引いてもすべての責任をとる』といえる者は、どこにもいない。他方、現状維持は不可能である。従って、不可避的に、開戦やむなしという結論に達するのである」。

 森毅京都大学名誉教授は『
ABもあり、これがゲームの理論』において、「帝国陸軍式にAが正解だと決め付けて、一途に進めば、簡単に相手に手を読まれる。ジャンケンで、グーならグ−をずっと出しつづけているようなものである。敵は安心して勝負できる」のであり、「いまだに戦前、戦中の帝国陸軍方式から脱しきれないでいる。これでは未来は計画されたとおりにしか動かない」と批判しています。

 森教授は、同作品中で、次のケ小平の南巡講話を紹介しています。「わしの最大の発明は、議論しないことだ。物事をABか議論して、こちらが正しいと確信してからでは遅い。最終的に正しいかどうかは別にして、さしあたりAで活路が開けそうだと思えば、Aの道を実行する。

 だが、
Bのほうがやっぱりよかったと判断が変われば、いつでもBに変える」。今回の国連での非難決議でも中国はこの姿勢をとりました。それに比べると、「いまの日本では、ABもありという発想があまりにもなさすぎる」。

〈了〉