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セイフ・ヘイブン


佐藤清文

Seibun Satow

2010年8月22日


初出:独立系メディア E-wave Tokyo
無断転載禁


「自由のあるところに祖国あり」。

ベンジャミン・フランクリン

 アイスランドが「セイフ・ヘイブン(Safe Haven)」を目指している。同国の議会は、2010年6月、調査報道の環境整備立法のための政策の指針を賛成多数で承認している。指針は、報道の自由、中でも情報源や内部告発の保護に関する各国の法律を参照にしてまとめられた程度で、実際に法案化されるのは1年以上先だが、向かうべきは世界で最も報道の自由を保障する国である。加えて、「言論の自由賞」の創設構想も進んでいる。

 asahi.com 2010年8月17日配信の稲田信司記者の『アイスランドを調査報道の聖地に ウィキリークス後押し』によると、発端は、ウェブ・マックレーカーズことウィキリークスによるカウプシング銀行(Kaupthing Bank)の内部文書の暴露である。2000年代前半、カタールのアルジャジーラが脚光を浴びたが、ここ最近、ウィキリークスが注目されている。

 東西冷戦終結後、アイスランドは金融をグリーン・エネルギーなどと共に成長産業に定めて政策を推進させる。しかし、2008年に起きた世界的な金融危機で通貨クローネが暴落、同国の三大銀行が倒産して国有化され、深刻な外貨不足に陥り、IMFから融資を受け、多くの人々が窮乏生活を強いられる。2009年夏、ウィキリークスは、その銀行によるずさんな融資の実態を白日の下にさらす。この一件で、同国でウィキリークスへの関心が高まっている。

 IT関係者の招きでアイスランドを訪問したウィキリークスの運営者たちが国家として世界で最も報道の自由を保障することを目指してはどうかと提案する。それに賛同した議員や弁護士らが法案の骨子となる指針を作成している。

 推進派のビルギッタ・ヨンスドティル議員はこう語る。「世界で情報の透明性が最も高い国になることで、金融危機で地に落ちた信頼を回復したい。カネの流れが不透明で脱税の温床となっているタックス・ヘイブン(租税回避地)と逆の発想だ」。

 セイフ・ヘイブンはアイスランドが自分たちの経験の反省に基づき、国家目標として選ばれている。調査報道によって告発された政府や企業からの各種の圧力や嫌がらせ、法的措置を危惧するメディアに活動の拠点を提供する。そこは公共性・公益性に寄与するための場所である。

 広告収入の減少に伴い、アメリカを始めとして先進諸国で新聞社の倒産・身売りが相次ぎ、調査報道のかれた状況が苦しくなっている。インターネットに活路を見出しているジャーナリストも少なくない。セイフ・ヘイブン構想は、その点からも、歓迎されるに違いない。

 もちろん、懸念もある。法案化に懐疑的な声も寄せられている。法案は、そのため、慎重に作成されなければならない。また、メディア自身にも、セイフ・ヘイブンで活動する限り、その外部以上の高い報道倫理が求められるだろう。

 報道の自由は、もともと、植民地時代のアメリカで誕生した思想である。1735年、新聞発行人ジョン・ピーター・ゼンガーは、ニューヨークの総督ウィリアム・コスビーに関する記事の情報源の開示を裁判の中で求められたが、拒否したけれども、勝訴する。この判例により、政府や役人を批判することは、それが明白な虚偽ないし悪意であると証明されない限り、自由であり、名誉毀損は適用されないことになる。加えて、情報源の秘密を守ることも認められる。独立後、合衆国は憲法修正第一条に「報道の自由」を書き入れている。言ってみれば、アメリカは報道の自由を世界で最も保障した国という自負がある。

 現在、成長著しい中国であるが、20世紀のアメリカほどの吸人力がない。その一つの理由は報道の自由が不十分だという点だろう。言論の自由は人を引き寄せ、そこを文化的に発展させる。ジョージ・W・ブッシュ政権はアメリカのジャーナリストを15年戦争下の日本のそれと同じような姿勢に変えている。その次の政権からウィキリークスへの規制強化の声が高まり、彼らはアイスランドにセイフ・ヘイブン構想を提案している。これは思っている以上に、アメリカにとって自滅的な傾向である。
〈了〉
参照文献
稲田信司、「アイスランドを調査報道の聖地に ウィキリークス後押し」、asahi.com、2010年8月17日10時28分
http://www.asahi.com/international/update/0816/TKY201008160387.html
佐藤清文、『ノンフィクション─ジャーナリストの文学』、2009年
http://hpcunknown.hp.infoseek.co.jp/unpublished/nonfiction.html
Wilileaks
http://www.wikileaks.org/