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法人税と内部留保


佐藤清文

Seibun Satow

2010年12月13日


初出:独立系メディア E-wave Tokyo
無断転載禁


「平成21事務年度における法人税の申告件数は278万6千件で、その申告所得金額の総額は33兆8,310億円、申告税額の総額は8兆7,296億円と前年度に比べ、それぞれ4兆1,564億円(10.9%)、9,781億円(10.1%)といずれも減少し、3年連続の減少となりました。黒字申告割合は25.5%と、前年度に比べ3.6ポイント減少し、過去最低となりました」。

国税庁『平成21事務年度 法人税等の申告(課税)事績の概要』


 2010年12月12日、日曜日でありながら、政府税制調査会は、来年度税制改正大綱の策定に向け、野田佳彦財務相、片山善博総務相、玄葉光一郎国家戦略担当相、海江田万里経済財政担当相の4閣僚による協議を行っている。しかし、法人税減税をめぐって意見がまとまらず、15日に予定していた大綱の閣議決定は翌日にずれ込む見通しとなっている。

 昨今、法人税率引き下げの圧力が財界から強まっている。かつて日本の法人税率は高かったが、現在では、新興国やタックス・ヘイブンはともかく、先進国の中では決して高くない。1980年代前半までは、所得税減税の見返りとして法人税率の引き上げが実施されている。法人税は困ったときの財源確保に利用されてきたが、今では状況が一変している。法人所得は逃げ足が速く、国家間の税率の差に鋭敏であるから、グローバル展開する企業が増え、加えて日本市場への新規参入や起業を促進させる目的で、90年代以降、法人税率は下げ続けられている。

 もっとも、日本の企業の過半数が赤字法人であり、長期間赤字のままで経営が続いているケースも少なくない。法人税を納めている企業は、実は、非常に少ない。

 法人税は理論的には曖昧である。課税根拠に対しても、企業の所有者は株主なのだからその所得税で十分だという批判もある。個人レベルの資産課税が現実的には不徹底であるため、それを補完する一つが法人税というのが定説である。また、実際の負担も、価格に転嫁していたり、賃金を抑制したり、配当が減らされたりしていて、誰が一体どれくらい負担しているのかはっきりしない。その分、歴史的に増税しやすかったことは確かである。

 こうした曖昧な法人税であるが、理論上、税負担は増加するけれども、企業の行動を短期的にも中長期的にも変化させない。法人税は経済活動と独立しており、課税の前後で企業の利潤は変わらない。企業は課税後の利潤を最大化するために、課税前の利潤を最大化させる必要がある。利潤は収入から費用を差し引いた金額である。法人税は利潤にかかる。法人税率によって企業の雇用量・投資量・生産量も抑制されない。そもそも、正常なコストであれば、課税ベースからの控除が認められている。

 ところが、法人税率の変化が企業の経済行動に影響を及ぼす場合がある。それが内部留保を用いた投資である。資本の調達の際に、内部留保金を使えば、外部への支払いがないので、費用がかかっていないことになる。しかも、企業の利払いは課税ベースから控除されているが、内部の資金である以上、その対象にはならない。そうなると、課税後の限界利潤が小さくなるので投資も抑制される。法人税率の変化が投資を左右する。

 2000年前後、すなわち派遣労働を製造業にまで規制緩和した頃から日本企業が巨額の内部留保金を蓄え続けている。経済界からの法人税率引き下げの要求は、内部留保を大きくし、投資におけるその依存を高める意図の現われである。過半数の企業が欠損法人であるにもかかわらず、法人税率の引き下げを求めているのは、内部留保体質を正当化・強化するためであろう。自分たちが海外に出て行けば、彼らは立ち行かなくなってしまうと中小企業を人質にして法人税率引き下げを求める声さえ聞こえてくる。ケネス・J・アローの耳に届けたいところである。

 こんな内部留保金のために、今の税率が歳入や景気にどれだけの悪影響を及ぼしているかという定量データとその分析も示さず、政府が財源探しをするなどもってのほかである。政治家はもっと理論武装しなければならない。

〈了〉

参照文献
井堀利宏、『改訂版財政学』、放送大学教育振興会、2005年
国税庁、「平成21事務年度 法人税等の申告(課税)事績の概要」、2010年
http://www.nta.go.jp/kohyo/press/press/2010/hojin_shinkoku/01.pdf