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日本変革のブループリント





第三章 グローバルな小日本主義
「ミニマ・ヤポニア」(11)


佐藤清文
Seibun Satow

掲載日:2007年1月元旦


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すべて執筆者である佐藤清文氏にあります。



全体目次



10 財政

 新たな平等主義に則り、社会の流動性を保障するための財政出動は必要です。言うまでもなく、政策を実施するには、財源が不可欠です。

 国や自治体の抱える財政赤字が莫大であることを誰もが承知しています。と同時に、小泉政権が発足して以来、「小さな政府」を目指すはずなのに、債務を増加させた事実もよく知っています。

 よく指摘されている通り、独立会計の歳出入の総点検が最優先です。目先の財政赤字に惑わされて安易な増税を認めれば、その体質が続いてしまいます。

 生活習慣病でありながら、食事に気をつけたり、軽い運動をしたりするなどの体質改善を試みず、ただ投薬に頼っていては、症状の回復は困難です。

 そのため、会計検査院ではなく、独立したチェック機関による特別会計の実態の解明を行わなければなりません。

 財政に関しても各種の学説がありますが、無駄な支出を減らし、変化に対応する柔軟さを持たせるための透明性・普遍性という点では、共通しています。

 その上で、税制の改革をすべきでしょう。財政を健全化する目的で、消費税を上げるという主張もありますが、社会の階層化を防ぐ税制自体が骨抜きになっています。

 一九世紀に舞い戻ったのかと錯覚するような高額所得者の税率や大企業優遇の法人税を改正しなければなりません。法人税の対象が逃げ足の速いことはよく知られています。

 最適課税論の意義も認められます。所得分配だけでなく、資源配分の観点から、コモンズへの寄与に関しては免税とします。

 また、源泉徴収されているサラリーマンの所得は透明なのですが、それ以外の所得の捕捉率を高める必要があります。

 スウェーデン方式の年金制度を採用できないのも、それが十分ではないためです。消費税の論議はその後です。

 包括的所得税を建前としながら、日本の税制は、実は、消費税ベース課税に近いのです。所得よりも消費の捕捉の方が容易です。近代に加わった新しい税制は市場経済の原則に立ち返るための広い意味でのインフラ整備に用いられるものです。

 その主旨を忘れた税制論議は本質的ではありません。将来世代への負担にも配慮し、世代会計のアイデアも参考にすることも忘れてはなりません。

 そこで、自治体に財源並びに権限を大幅に移行する必要があります。財政を悪化させている原因の一つとして、行政が肥大化・複雑化したため、産業連関が把握しにくくなっていることがあります。

 産業連関を捉えやすい規模であるコモンズを中心としたシステムへと変革するのです。国はコモンズ補完の機能であり、国の仕事はユニバーサル・サービスに限定すべきです。環境問題に対する公共投資も要請されていくでしょう。

 公正取引委員会による独占禁止法の厳正な適用も、国地方を問わず、無駄な支出の抑制につながります。それは、必ずしも、小さくはありません。なぜなら、談合は、ほんの些細なことにまで見られる通り、至る所にあるからです。

 とにかく、ギュゲスの指輪を行政から奪い取らねば、財政改革などできません。天下りを賄賂であって、全面禁止して然るべきです。官僚の法的責任を明確化するのです。情報公開の拡充は当然です。

 その他、国会の証人喚問や参考人招致は、官僚や政治家などの政治的・道義的責任を解明・追求する場とすべきです。法的な問題は、その権限を考慮すれば、司直に任せる方が有効です。むしろ、法的に問われることはなくても、政策・法律の作成・決定過程を明らかにする場に徹するのが賢明です。

 民間活力の導入は、本来、競争原理による財政の健全化に限定されるものではありません。選挙の限界を補う機能があるのです。財政の改善は政権交代だけでは不十分です。

 政権交代があったとしても、次の選挙までの間、与党の財政政策を持続的に監視することは困難です。しかも、選挙の争点は財政問題に限りません。通常、多岐に渡るものです。これらの問題に対処するためには、民間の力が必須なのです。

 納税者をギリシア神話のシジポスにしない財政改革が求められるのです。

つづく