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長期連載
Democratic Vista

第二章 小日本主義

 佐藤清文
Seibun Satow

2008年2月5日

Copy Right and Credit 佐藤清文著 石橋湛山
初出:独立系メディア E-wave Tokyo、2007年10月16日
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第二章 小日本主義

第五節 亜細亜モンロー主義と小日本主義

 こうした湛山の認識転換の声は当時の人々にはあまり届いていない。その頃のベストセラーは、1916年に刊行された徳富蘇峰の『大正の青年と帝国の前途』である。彼は、欧米に依存せず、日本がアジアのリーダーとして共栄していくべきだと説き、それを「亜細亜モンロー主義」と呼んでいる。自信過剰とも言えるこのドグマには、自由貿易に関する知識が乏しいことからも明らかなように、経済的・合理的視点は貧弱である。けれども、これは大日本主義そのものであり、昭和に入って、日本の路線となる。アジア諸国への干渉は亜細亜モンロー主義によって正当化される。

 モンロー主義は、合衆国第5代大統領ジェームズ・モンローが1823年に議会への7番目の年次教書演説で発表したドクトリンに由来する。新大陸は旧大陸に植民地化されず、主権国家として干渉を受けるべきでないと同時に、ヨーロッパの戦争に対してアメリカ合衆国は中立を保つ。これは、1840年以降の膨張政策の正当化に各政権から利用されたように、合衆国による新大陸の権益の主張であり、「汎アメリカ主義」の別称である。自分たちが主導して新大陸の秩序を構築すべきであると合衆国は当然視していく。

 ほぼ同時期にラテン・アメリカの解放運動家シモン・ボリーバルは、南北アメリカを統合した一つの共和国とする「アメリカ連邦」構想を発表している。首都はその中央に位置するパナマが想定されている。彼は南北アメリカの独立国を招請し、1826年にパナマ会議を開いたが、メキシコ、コロンビア、中央アメリカ連邦、ペルーの四カ国が参加したにとどまる。結局、この構想は頓挫し、アメリカ主導の汎アメリカ主義が支配する。メキシコ大統領ポルフィリオ・ディアスはこう嘆くことになる。「哀れメキシコよ、神からはかくも遠く、アメリカからはかくも近い」。

 モンロー主義は、ラテン・アメリカ諸国にとって、合衆国による内政干渉のイデオロギー以外の何物でもなく、民衆レベルに根強い反米感情を生み出している。他方、東西冷戦構造の解体後、合衆国主導ではない南北アメリカの地域統合・機構の創立の動きが始まっている。メルコスールや米州サミット、ボリーバル代替統合構想などEUやASEANに相当するシステムがこの地域にも生まれつつある。ボリーバルのヴィジョンは180年以上も早すぎたと言っていいだろう。

 モンロー主義とアメリカ連邦構想をめぐる当時の状況は亜細亜モンロー主義と小日本主義のそれに重なり合う。大日本主義は確かに幻想であり、植民地の独立や自由貿易体制のグローバル化などを含めて湛山の指摘の先見性はその後の歴史が証明している。

参考文献

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