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鞆の浦埋め立て免許差止め判決

鷹取 敦
掲載日:2009年10月1日


 広島県福山市の鞆の浦(とものうら)で広島県と福山市が計画している、埋め立て架橋計画について、住民が県知事が埋め立て免許を交付しないよう求めた裁判で、10月1日広島地裁は請求を全面的に認め、免許差し止めを命ずる判決を出した。この訴訟については落合真弓・福山市議が本訴訟が2月に結審した際に詳しく書かれているので以下をご参照いただきたい。

◆鞆の浦の世界遺産を実現する生活・歴史・景観保全訴訟(落合市議)
http://eritokyo.jp/independent/ochiai-col001.html

 この問題の構図は判決が述べているような「国民の景観資源」対「地元の利益」ではない。鞆の浦の景観が失われれば、港の中心に道路と駐車場を作ったところで、それを利用する観光客など来るはずもない。地元の利益といっても、これを失って得るものはわずかな運転のしやすさと数分の時間短縮に過ぎない。そして失ったものは判決でも指摘されるように「回復不可能」である。本来この問題の構図は「国民・地元の歴史的景観および観光資源」対「公共事業工事利権」と見るべきである。

 なお、本計画については、地元住民が事業の必要性を検証するための調査を、環境総合研究所に依頼し、筆者が担当して現地において総合的な調査(交通量、通過交通、速度、騒音調査)を行った。その結果、本コラムでも以下で報告したように「渋滞」の実態もなければ、埋め立て架橋による時間短縮効果もほとんど無いことが明らかになっている。

◆鞆の浦埋め立て架橋計画の必要性に疑問
http://eritokyo.jp/independent/takatori-col156.htm
◆鞆の浦埋め立て架橋事業の必要性の検証(Eフォーラム論文集)
http://eritokyo.jp/independent/
eforum-vol1-no2-1-03-takatori-tomonoura.pdf


 2008年3月には今回の訴訟の前に行われた仮処分で、住民側の差し止めの請求は認められなかった。

 しかしその判断の内容は「歴史的な町並みに暮らす住民には、景観利益を有する権利がある」ことを認め「工事が着工されれば鞆の浦や周辺の景観が害され、一旦壊された景観は原状回復が困難になる」であり、差し止めが認められなかった理由は「たとえ埋立て免許が出された場合でも、工事着工には1ヶ月〜2ヶ月が必要となり、その間に現在進行中の免許差止め訴訟を免許取消し訴訟に変更し、同時に執行停止の申立てをして着工前に許否の決定を受けることが十分に可能である」と現時点での緊急性はないと判断されたためである。

 つまり慌てて仮処分で差し止めなくても、本裁判できちんと差し止める時間の余裕がありますよ、という判断である。

 本裁判では下記の記事にあるように、2008年10月16日に裁判官が現地を視察している。この埋め立て架橋事業による鞆の浦の歴史的景観がいかに深刻なものとなるかは、現地をみなければ実感できないだろうから、これはとても評価すべきことであった。一方で「必要性」に乏しいことについては、すでに調査によって客観的なデータとして示されている。

◆「崖の上のポニョ」埋め立て危機の行方〜裁判長ら現地視察〜
http://eritokyo.jp/independent/aoyama-col1341.htm

 一方で、この事業については自民党政権の時代から国の見解は事業者である県市とは異なるものであった。国交省は公有水面の埋立の免許を審査する立場にある。金子国交相(2009年1月当時)は「住民同意ではなく、国民同意が必要」として福山市に計画の再考を求め、手続きは事実上、止まっていた。

◆鞆の浦埋め立て架橋問題に再検討求める国交相発言の意義
http://eritokyo.jp/independent/takatori-col172.htm

 地裁判決が出た現時点で、経過を振り返ると、公共事業の差し止めを求める裁判としては、きわめて恵まれた経緯を辿っているといえよう。しかし日本では、行政が推進する公共事業に反対の意志を表明することすら、特にしがらみの多い地方では極めて難しく、時には有形無形のプレッシャーが地域での生活、仕事に及ぶことも珍しくない。ここに至るまでの住民のみなさんの苦労は察して余りあるものがある。

 鞆の浦の現地において、そのようなリスクと負担を負って具体的に行動し、行政を訴える人々がいなければ、国民的財産であり、地元にとっては観光資源としても貴重な財産である、世界遺産に値するといわれている鞆の浦の景観を「回復不可能な重大な損失」から守ることは出来なかった。

 地裁判決の段階であるからまだまだ予断は許さないものの、財政的にも環境影響としても大きな影響のある不要な公共事業を、新政権が止めていこうという今日、ひさびさにうれしいニュースであった。