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広島県知事の鞆の浦視察

鷹取 敦
掲載日:2010年1月13日


 広島県福山市の鞆の浦港に計画されている埋め立て架橋問題について、これまで独立系メディアで繰り返し取り上げてきた。
■鞆の浦埋め立て架橋計画の必要性に疑問(2007/12)
http://eritokyo.jp/independent/takatori-col156.htm
■鞆の浦埋め立て架橋問題に再検討求める国交相発言の意義(2009/2)
http://eritokyo.jp/independent/takatori-col172.htm
■鞆の浦の世界遺産を実現する生活・歴史・景観保全(鞆まちづくり工房)(2009/2)
http://eritokyo.jp/independent/ochiai-col002.html
■鞆の浦の世界遺産を実現する生活・歴史・景観保全訴訟(落合福山市議)(2009/2)
http://eritokyo.jp/independent/ochiai-col001.html
■鞆の浦埋め立て免許差止め判決(2009/10)
http://eritokyo.jp/independent/takatori-col178.htm
 この計画は自民党政権時代から金子国土交通大臣が反対の意向を明確に示していたが、昨年10月の広島地裁の免許差し止めの判決を受けて、2009年11月に当選したばかりの湯崎英彦広島県知事も、事業の見直しに向けて大きく舵を切った。

 湯崎知事(44歳)は元通産相官僚ではあるが、2000年にはインターネットADSLプロバイダの草分けの1つであるアッカ・ネットワークスの創業に加わった官僚出身者の知事としては少し変わった経歴を持っている。

 知事は就任会見で「橋を架ける架けないの前提を一度置いて、地域のために何をするのがベストか、早急に議論を進めたい」(朝日新聞12月1日)と話しており、その後、成、反対両派の住民が参加する対話集会を提案し「地元にしこりを残したくない。対話集会である程度の結果が出るまで事業を進めるわけにはいかない」(中国新聞12月22日)と住民の納得を得られる結論が出るまでは事業を推進しない方針を明らかにした。

 埋め立て架橋事業は広島県と福山市の事業だが、県知事と会談した福山市長は、あくまでも事業推進の立場をくずしていない。

 1月11日に広島県知事は現場を視察して推進、反対双方の住民と対話し、住民は双方とも対話集会に前向きな姿勢を見せ、知事の指導力に期待を見せた。(読売新聞1月12日、下記に引用)

 知事は裁判については控訴しているものの、埋め立て免許の交付については対話集会での結論が出るまで保留するとしている。

 本コラムでも指摘してきたように、本事業の必要性は「交通渋滞」解消の観点からの必要性には極めて乏しい。せいぜい数分の時間を短縮出来る程度だからである。他に事業の理由とされている下水道工事のための迂回路としてはあまりにもコストが高すぎるし他に技術的な解決策はあるという。埋め立て架橋を作れば観光になるとか若い人が戻ってくるなどという理由はどれだけの人が信じているだろうか。

 したがって本来不要、もしくは多額の税金を投入に見合わない事業であり即座に中止の判断をしても政策的には問題ないと思われるが、一旦、始まった公共事業を止めることが容易ではないのは八ッ場ダムの前原国交大臣の対応に対する地元の反発をみれば明らかであろう。

 事業を始める時に地元の真の要望をくみ取るための民主的な手続きが不十分だったのは問題であるが、止める際にも同様に丁寧な合意形成のプロセスが必要とされている、ということである。鞆の浦の場合には立ち退きなどの問題が発生しているわけではないので、せいぜい工事受注への期待への対応というところだろうか。

 この問題については、2月6日(土)、2月7日(日)に東京都市大学・横浜キャンパスを会場の開催される「環境行政改革フォーラム研究発表大会」で、地元から報告もあるので、関心のある方は是非ご参加いただきたい。

■環境行政改革フォーラム
http://www.eforum.jp/
■環境行政改革フォーラム研究発表大会
http://www.eforum.jp/2009soukai1.html


読売新聞
鞆の状況「動き始めた」 知事視察
「住環境悪く高齢化」 「架橋で景観なくなる」

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/hiroshima/
news/20100111-OYT8T00915.htm


 福山市鞆町の港湾埋め立て・架橋事業を巡り、湯崎知事が就任後初めて同町内を訪れた11日、推進、反対双方の住民から、「行き詰まっている状況が動き始める」と期待する声が上がる一方で、「(鞆の課題解決のための)知事の私案を提案してほしい」と求める意見も聞かれた。湯崎知事が提案した、推進、反対両派が一堂に会する協議には、双方とも参加に前向きな姿勢を見せ、住民からも合意に向けた知事の指導力に期待する声が上がった。

推進

 事業推進を求める「鞆町内会連絡協議会」の大浜憲司会長らは午前10時、湯崎知事と市鞆支所を出発。下水道が整備されていないため、生活排水がそのまま港湾に流されている状況などを説明しながら歩いた。

 道幅が狭い場所では、大浜会長が「狭い所で道幅は2・5メートルほどで、民地に踏み込まなければ車両がすれ違うことも出来ない」と訴えた。

 この後、非公開で行われた意見交換には、住民9人が参加。住環境の悪さから少子高齢化が急速に進む窮状などを説明し、「安全安心のまちづくりに事業は不可欠」と伝えたという。

 大浜会長は、「協議に出席する」とした上で、「主張が平行線になり、これ以上の歳月を費やさないためにも、知事の私案をたたき台として提案してほしい」と求めた。

◇ 知事 ◇

 湯崎知事は推進、反対派との意見交換の冒頭、「いったん立ち止まり、何が鞆の再生や活性化に必要かをしっかり議論して、皆さんの合意を作る努力を行いたい」と述べ、問題の解決に向けた意気込みを示した。

 終了後の記者会見では、「交通渋滞や生活排水の実態は大変なものがある一方、(事業が)景観に大きなインパクトがあるだろうという印象を持った」と述べた。

 推進、反対双方に分かれている状況について、「両者ともコミュニケーションができているのか。ギャップの大きさを改めて認識した」と、対立の根深さを実感したことをうかがわせた。

 打開策のひとつとして、湯崎知事は2月下旬までに両者を交えた対話の場を設けることを目指す。推進派住民が、対話に当たってたたき台を用意するよう求めたことについては、「架橋の前に、生活排水や港湾の使い方、景観、交通のコントロールや町の活性化など『根っこの課題』を整理すべきだ」との考えを述べ、検討する姿勢を見せた。

反対

 反対派で、事業を巡る住民訴訟の原告団の大井幹雄団長らは午後1時、町内の海岸で、湯崎知事と一緒に船に乗り込み、海上から鞆の浦の景観や架橋予定地付近などを見て回った。

 船上では、大井団長らが雁木(がんぎ)や常夜灯など江戸時代の港湾施設の歴史的価値などについて説明。太田家住宅(重文)の別邸からも海を眺め、「架橋すると、ここからの景観がなくなってしまう」などと訴えた。

 同様に非公開で行われた意見交換会では、県道沿いに住む住民らが「子どもに景観を残したい」などと訴えたという。NPO法人「鞆まちづくり工房」の松居秀子代表は、話し合いの場に参加する意向を示し、「知事が自ら出向いてくれたことに敬意を表したい。架橋計画ありきでないと信じ、未来に向けて話をしていきたい」と話した。

◇  住民  ◇

 湯崎知事の訪問について、住民からは、住民間の対立などの問題解決に向けて、リーダーシップの発揮に期待する声が上がった。無職女性(78)は「道が狭く、身体に障害のある姉を車に乗せるだけで大変。知事も状況を見て、地元の問題を理解してくれたのでは」とし、50代の女性も「町内でこれ以上けんかにならないよう、合意に向けて力を尽くしてほしい」と求めた。

 一方、製造業男性(75)は「知事が少し見て何か分かるわけでない。結局、合意せずにこのままの状態が続くのでは」と話した。

鞆事業の経緯

 鞆港の埋め立て・架橋事業は1983年12月、県が計画を策定したが、排水権者の全員同意が得られず、2003年9月に事業はいったん凍結された。04年9月、福山市で推進を公約に掲げた羽田皓市長が誕生したことで再始動。県は08年6月、国に埋め立て免許の認可を申請した。

 事業は、港西側の約1・9ヘクタールを埋め立てて駐車場やフェリー桟橋を整備し、港湾を東西に横切る長さ179メートルの橋を架ける。交通混雑を解消して観光の回遊性を高め、防災機能を充実させる狙いがあり、県と市は「鞆町のまちづくりに不可欠」としている。

 これに対して、事業に反対する住民らは07年4月、県に埋め立て免許の差し止めを求めて提訴。地裁は09年10月、鞆の浦の歴史的、文化的な景観を評価して、住民が日常的に享受する「景観利益」を認めた上で、県に免許を交付しないよう命じる判決を下した。

 県は、「公共事業全般に与える影響も大きい」などとして控訴。09年11月に就任した湯崎知事は、控訴の取り下げは困難との見方を示す一方で、免許交付の手続きについて「住民との話し合いの結果がある程度、出るまでは、そのまま進めるわけにはいかない」としている。
(2010年1月12日 読売新聞)