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【人物】
ロシアの手まり職人:
「わたしにとって、手まりは
単なる装飾ではなく、もっと
大きな意味を持つもの」

Sputnik 日本

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#3679
 17 June
2023

独立系メディア E-wave Tokyo 2023年6月19日
2023年6月17日, 10:30 リュボーフィ・グシコワさん - Sputnik 日本, 1920, 17.06.2023 © 写真 : リュボーフィ・グシコワさん

本文

 糸で美しく飾られた手まりは祝祭日の飾りでもあり、子どもの玩具でもあり、装飾品の一部でもあり、お土産品でもある。一見、とても単純なものに思われるが、実際には、手まりを作るには細かい職人技が求められる。しかし、生花、盆栽、着物、浮世絵などの日本文化についてはイメージできる人が多い中、この手まりという工芸品はそれほど多くの人には知られていない。とはいえ、驚くべきことに、手まりとは何なのかをすべての日本人が知っている訳ではない。

 「スプートニク」からの取材に対し、こう語ってくれたのは、ロシア人の手まり職人、リュボーフィ・グシコワさんである。

 グシコワさん:日本人のすべてが手まりが何か答えられるわけではありません。手まりを装飾品として使わせてもらったある日本のイベントで、日本人にこれは何ですかと尋ねられたことがあります。わたしが手まりづくりをやっていますと言うと、どんな手まりを作っているのですかと訊いてくれるのは高齢の日本人だけです。そう訊かれれば、わたしはかがり手まりですと答えます。


リュボーフィ・グシコワさん - Sputnik 日本, 1920, 17.06.2023 リュボーフィ・グシコワさん © 写真

 スプートニク:リュボーフィ・グシコワさんはもう30年もの間、希少本や原稿の修復をしていて、手まりを作るようになったのは14年前だそうですね。そして2016年に日本手まり協会のメンバーになられたと伺っています。

 グシコワさん:はい、2009年に、初めて手まりの写真を見て、それが好きになったのです。これは、日常生活に使われるものではなく、まったく抽象的なものですが、自分で作ってみたいと思ったのです。それで手まりのサイトや日本の雑誌を見ながら、作ってみるようになりました。わたしは完璧主義者で、きれいな球体ができるようになるまで、刺繍をせず、糸を巻くことだけを長いこと学びました。

 最初の5年ほどは、自分のためだけに手まりを作り、誰かに見せたりはしませんでした。
わたしはモスクワ大学図書館の希少本の修復をしていますが、レーニン図書館(現在のロシア国立図書館)とフランスの国立図書館で研修を受けていました。よく、わたしが手まりを作るようになったのは、手を使って細かい作業をするのに慣れているからでしょうねと言われます。しかし実際には手まりを作るようになるまで、手を使った工芸品を作ったことなどありませんでした。



 スプートニク:しかし今では、手まりの作り方を教えていらっしゃるそうですね。ご自身で手まりを作るのと、この芸術について誰かを指導するのとどちらが好きですか?

 グシコワさん:わたしはいろいろな場所で手まりのワークショップを開いています。モスクワの東洋絵画ギャラリー、J–FEST・・・、あと、残念ながら現在モスクワでは活動が停止している日本の国際交流基金にもよく招いてもらっていました。そこではすぐに希望者のグループが集まり、とても楽しく活動していました。実は今もリクエストがあるとのことで、今後も継続するかもしれません。

 もちろん、自分で手まりを作るのが好きですが、普及活動も積極的に行なっています。ワークショップ、手まりの歴史、日本内外の有名な職人についての講義を含むデモンストレーションなどです。手まりだけでなく、くす玉や木目込み球などの球体の工芸品などについても話しています。

 スプートニク:おそらく手まりは、忍耐力と想像力を必要とするまさに女性の工芸品ではないかと思うのですが、誰にでもできるものですか?

 グシコワさん:いえいえ、日本でも世界でも、手まりをやる男性はいるんですよ。たとえば、アレクサンドル・ゲルジャンという、キエフ出身の有名な職人がいます。猛々しいバイク乗りなんですが、手まりを作っています。もっとも、ご自身は、模様をかがっているとは言わず、作っていると言っています。

 忍耐力は必要といえば必要ですが、この工芸が忍耐力を養ってくれると言えるでしょう。想像力、これは、もし何か特別なオリジナルのものを作りたいと思えば、必要です。しかし、最初は、球体に巻くシンプルな模様から始めるべきですね。

 そして、ワークショップを開いてきた経験から言えば、手まりに向かないという人はいません。手まり作りには、針やピンを使うため、あまりに小さい子どもには難しいということで年齢を制限していますが、手まり教室をお願いされているモスクワの長寿クラブでは、90歳のおばあさんたちもやっています。中には関節炎や震えのある人もいますが、みんな、うまく作っていますよ。


手まりのワークショップ - Sputnik 日本, 1920, 17.06.2023 手まりのワークショップ © 写真 : リュボーフィ・グシコワさん

 スプートニク:模様を作る上で、何か守べきルールのようなものはあるのでしょうか。それとも伝統から外れることもできるのですか?

 グシコワさん:手まりという工芸品は1000年の歴史があるため、まったく新しいものを生み出すというのは難しいことだと思います。ベースとなる模様や色があり、それをさまざまに組み合わせたり、織り交ぜたりします。ですが、オリジナルの柄を作ることはできます。たとえば、ある日本の手まり協会では、高度な職人技というのは、何かしら独自の模様を作ったり、独自のデザインを考案することだとされています。たとえば、日本国内にも今村愛子という職人がいて、日本の絵画や印象派のモチーフを使った模様を作っています。

 スプートニク:日本の手まりとそれ以外の国の手まりは違うものですか?



 グシコワさん:色合いと模様に違いがありますね。日本人は派手な色、明るい色、コントラストがはっきりした組み合わせ、不必要な装飾などを避ける傾向がありますが、ヨーロッパやアメリカでは鮮やかな色が好まれます。ときにビーズやリボンを縫い付けたりして、装飾的な要素が多いです。しかし、伝統的な色合いで作られた手まりは、それを誰が作ったのかを特定するのは不可能です。


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 スプートニク:リュボーフィさんは、かなりの数の手まりのコレクションをお持ちなのでしょうね。あなたにとって、手まりとは何ですか?

 グシコワさん:いえ、実はわたしはそれほど多くの手まりは持っていないんです。友人や知り合いにすぐにあげてしまうので。わたしが持っているのは、誰かから贈り物としていただいたオリジナルのものか日本のもの、あるいはワークショップで見本として使うものだけです。

 わたしにとって、手まりとは喜びです。今、わたしたちは模様をシンボリックなものとは捉えていません。とはいえ、すべての模様はいつでも、何か大きな意味を持つものでした。もちろん、糸を縫っているときは、色の組み合わせ、模様や柄に心を込め、何らかの意味を込めています。

 ですから、わたしにとって手まりは、単なる装飾ではなく、飾りよりももっと大きな意味を持つものです。まるで生き物のようなものと言えるかもしれません。