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ビクトリア・ヌーランドが辞めた本当の理由はこれか? バイデンとブリンケンは、ロシア嫌いの主任ではなく中国嫌を選んだ。これが彼女を追い詰めた。
Sergey Strokan: Is this the real reason why Victoria Nuland quit? Biden and Blinken chose a China hater over their chief Russophobe. This may have pushed her over the edgeBy Sergey Strokan, Kommersant columnist
著者 コメルサント、セルゲイ・ストロカン著 / RT
War on Ukraine #4714 10 Mar. 2024


語翻訳池田こみち(環境保全研究所顧問)
E-wave Tokyo 2024年3月11日

Victoria Nuland. © Kevin Dietsch/Getty Images


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 ヴィクトリア・ヌーランド米国務副長官の辞任が間近に迫り、国務省を突然去った理由について様々な説が飛び交っている。

 モスクワは、「反ロシア路線」とアメリカの「ウクライナ・プロジェクト」全体の失敗が原因だと考えている。

 それと同様に、ワシントンの視線は、現在インド太平洋政策を担当しているカート・キャンベルが国務省第2位の高官に指名されたことに注がれている。メディアやアナリストは、ウクライナに対するアメリカの関心の低下を背景に、アジアがワシントンの最優先課題になりつつある証拠だと解釈している。

 ヌーランド氏の発表は多くの人にとって驚きだった。2014年のウクライナのマイダン事件で活躍したこのベテラン米国外交官は、キーウでクッキーを配ったことだけでなく、ここ数十年の主要な国際危機や紛争に関与したことでも記憶されている。

 さまざまな政権下で米国務省に35年以上勤務した彼女の経歴は、現国務長官のブリンケン氏の経歴よりも印象的に見える。

 火曜、ブリンケン氏自身がヌーランド氏の功績に敬意を表し、厳粛に彼女を国務省からエスコートし、まさに歴史と外交の教科書に載せようとしのだ。ブリンケンは、ヌーランドが6人の大統領と10人の国務長官の下で働いたことを思い起こしながら、ジョー・バイデン政権での最後のポストで、彼女は 「アメリカが世界的リーダーシップ」を取り戻すという願望を体現したと主張した。

 国務省のトップは、ロシアとウクライナの紛争が始まった後の反ロシア連合の形成においてヌーランドが果たした役割に特別な注意を払い、彼女の努力は不可欠であり、将来の外交官や学生たちの研究の的となるだろう述べた。

 ヌーランドが近年取り組んできた主な仕事は、ロシアの「戦略的敗北」と、ウクライナが「民主的、経済的、軍事的に自らの足で立てるように 支援すること」だという。しかし、彼女の経験と影響力にもかかわらず、ブリンケンは辞任を思いとどまらせようとはしなかったようだ。

 このニュースは、ロシアの有力政治家、外交官、専門家、メディアから雪崩のような反応を引き起こした。

 ロシア外務省のマリア・ザハロワ報道官によれば、ヌーランドが辞任に追い込まれたのは、バイデンのロシアに関する路線・政策が失敗したからだという。

 「これは、ヌーランドに関与した政策の失敗である。なぜなら、彼女はわが国に対してロシア恐怖症的な政策を追求した中心人物であり、すべての話はヌーランドに結びついていたからだ。」とザハロワは語った。彼女によれば、退任する米国務副長官は「単なる国務省の高位代表ではなく、米国の省庁間協力の中心人物」だったという。

 「彼女は、特にウクライナの文脈において、米国の反ロシア感情や反ロシア政策の調整役だった。彼女が思想家だったとは言えない。世の中には私たちをもっと嫌う人もいるが、彼女はまさに調整役であり、その政策に関係してきた。だからこそ彼ら(米政府の政策決定者たち)は彼女を解任した(別れを告げた)のだ。」とロシア外務省報道官は語った。
 ※注:上記の黄色着色は青山貞一

 一方、ワシントンでは、ヌーランド氏の辞任は、外交政策第一副長官のポスト争いに敗れた権力闘争の結果だという説が浮上している。

 識者のなかには、水面下での個性のぶつけ合いによるシナリオのバトルと見る向きもある。すべてはアメリカの外交政策の長期的な形とその優先順位をめぐる争いの一部である。

 昨年夏、ウェンディ・シャーマンが国務副長官を辞任した後、ヌーランドが半年間その職務を担ったことは記憶に新しい。しかし、昨年末、ホワイトハウスは、同じくアメリカ外交のベテランであるキャンベルを、外交官として2番目のポストに指名するという予想外の決定を下した。キャンベルは、外交界ではヌーランドほどのビッグネームではなく、そのキャリアを欧州大西洋地域ではなくインド太平洋地域で積んできた。

 ヌーランド氏はシャーマン氏の後任として当然の候補と考えられていた。しかし、ブリンケン氏は元国家安全保障会議アジア担当代表のカート・キャンベル氏を指名した。元米国務省高官のジェームズ・カーデン氏はRIAノーボスチ紙に次のように語った。「カート・キャンベルが国務省の2番手のポストに就いたとき、彼女の出番は終わったと悟った。」、と。2月6日の上院の投票では、彼の指名は超党派の幅広い支持を得た: 92人の上院議員が賛成票を投じ、反対票は5人だった。

 バイデン大統領がカート・キャンベルを指名したのは、アメリカの外交政策の焦点を、将来アメリカが直面する主要な課題である中国にシフトさせるという、数十年前に前任者たちによって始められた努力を継続したいという意思の表れである。

 「カート・キャンベルは、バラク・オバマ大統領の『アジアへの軸足』をバイデン大統領のインド太平洋戦略に発展させる上で重要な役割を果たした」と、ロシア・中国友好平和発展委員会の専門家会議議長であるユーリ・タブロフスキーはコメルサントに語った。

 実際的には、彼は特に反中国軍事ブロックAUKUS(豪・英・米)の創設や、QUADグループ(豪・印・米・日の4極安全保障対話)の軍事的要素の強化に積極的だった。「キャンベルを国務省の2番目に高いポストに任命したことは、和解を望むような言葉やジェスチャーにもかかわらず、ホワイトハウスが長期的に中国を封じ込める方針を示している。」、と。

 こうして、タブロフスキー氏によれば、「国務省の2番目の地位は、最大のロシア嫌いではなく、最大の中国嫌いに与えられた。」のだ。

この記事はコメルサント( Kommersant)が最初に発表し、RTチームが翻訳・編集した。


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