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2018年・東日本大震災
復旧実態調査(宮城県編)

陸前高田市7

青山貞一・池田こみち 
環境総合研究所顧問
掲載月日:2019年5月20日 2020年3月11日第2次公開
 独立系メディア E-wave Tokyo
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◆陸前高田市7


出典:東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に
関する専門調査会配付資料


◆陸前高田市沿岸

 
以下は、明治三陸津波、昭和三陸津波など過去の津波来襲時の碑石、供養塔などについての解説である。

 最初のものは、昭和三陸津波の後に、陸前高田市広田町字根岬に建てられたもので、内容は教訓型とされ、4面に次のように刻まれています。

  地震があったら津浪の用心
  それ津浪機敏に高所へ 廣田村
  低いところに住家を建てるな
  津浪と聞いたら欲捨て逃げろ
    ..昭和9年3月3日建立

 また、別の広田町大久保地区の石碑は、明治三陸地震(死者全村552名)と昭和三陸 地震(死亡者全村45名)の二つの大地震 を忘れないようにと、同じく教訓型で創られ たもので、昭和9年3月に建立されています。

  一、大地震の後には津内が来るよ
  一、地震があったら高所へ集まれ、
  一、津波と聞いたら欲捨て逃げろ
  一、低いところに住家を建てるな

 さらに見ていくと、昭和35年のチリ地震の後に創られた石碑には、さらに教訓としての言葉が加えられ、次のように刻まれています。

  一、不時の津浪に不断の用心
  一、地震の後どんと鳴ったら津浪と思へ
  一、地震の後潮が退いたら警鐘を打て
  一、大津浪三四十年後に又来る
  一、津浪来たなら直ぐ逃げろ
  一、金品(もの)おり生命(いのち)

 同様の石碑は市内各所に建てられ、市民に地震の時にはどうすべきかを教えていたが、次第にその先祖からの大切な教えも忘れられていたのかも知れない。

 以下は昭和三陸津波など過去の津波来襲時の碑石、供養塔などである。



















旧陸前高田道の駅にある、大震災被災者追悼施設(2013年6月1日)
Source:Wikimedia Commons



大船渡1へつづく